愛が冷めゆくものならば、これは愛ではない。




    001 私はあなたのことを愛しています




   「…私はあなたを愛していないのだと思います。」


   情事後のけだるげな声がまだ甘さを含んで呟いたその台詞に、さすがの太上老君も申公豹の指通りの良い髪を撫でていた手を硬直させた。


   え、なんでどうして、いまさら、っていうかこの状況で言う台詞!?


   ぐるぐると思考が回る。
   太上老君の背中をつぅと冷や汗が流れた。
   気が遠くなるほど長い間生きているけれど、こんなに動揺することはこの先も無いのではないかと思うくらいの衝撃だった。


   「え…ど、どういうこと…?」


   絞り出した声が情けない程に上ずっていたことと、
   腕の中にいる小柄な体を、無意識に逃がしてたまるかと強く抱き締めていたことを太上老君は心の中で嗤った。
   なんとまぁ、自分はこんなに強欲だったろうか、と。  


   窮屈になった腕の中を不思議に思いながら、申公豹は眠たそうに喋りだした。
   太上老君が今どんな心境かなど、全く知りもしない様子だった。


   「この前…下(人間界)に行った時に…別れ話をしているカップルがいたんです…」


   それが今の台詞とどんな関係があるんだろうか、と太上老君は首を捻った。
   申公豹の表情は、眠そうではあるが至って真面目である。
   太上老君を脅かそうとか凹まそうとか、そんな雰囲気でもない。


   「男性が『どうしてだ?』と尋ねたら、女性が『愛が冷めたのよ』と言ったんです…」
   「それで…?」


   いまいち話が掴めない、と思った太上老君は話の先を促した。




   「私は…あなたと気が遠くなるほど一緒にいますけど…気持ちが冷めるなんて思ったことが無いものですから、
    ――愛が、冷めるというのなら…私があなたに抱いているこれは…きっと愛ではないので、す……」




   最後は吐息のように小さな声になりながらそう言って、申公豹は疲れきって眠ってしまった。
   反対に眠れないのは、今の発言を聞いてしまった太上老君である。


   「…。反則…。言い逃げなんてあんまりだ…」


   もう翌日まで確実に目覚めないであろう深い眠りについた申公豹の髪に顔を埋めながら、太上老君が呻いた。


   彼は師への思いを愛ではないと言った。
   冷めることがないから、愛ではないと言った。


   冷めることも、揺らぐこともない、名の無い想いをあなたに抱いていると、そう言ったのだ。


   「うれしい…」


   本当にこの愛弟子は、とんでもないことをのたまってくれる、とにやける口元もそのままに太上老君は思った。


   「こんな風に眠ってなかったら、絶対抱くのに」


   クスクスと笑いながら、それでも残念そうに太上老君は言った。
   何も知らない申公豹は、太上老君の腕の中で寝息を立てている。





   愛が冷めゆくものならば、これは愛ではなく、冷めることのないこの想いは、それ以上の何か。












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   そろそろこのサイト、砂吐き用のバケツを作ったほうがいいかもしれない。





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