002 あなたに恋焦がれています




  どうしてこんなことになってしまったのか。
  初めは無遠慮にパーソナルスペースに踏み込んでくるあなたに嫌気がさしていたはずなのに、気付けばあなたのことばかり考えるようになってしまった。
  道を歩いている時も、料理をしている時も、あなた姿ばかり目に浮かんで。
  何を考えるというわけでもないのに、変に口角が上がってしまったりして。
  そんな自分にもやもやとして、苦しくって、何とかしたくって。


  「いいから責任を取りなさいっ」


  そう、鋭く叫んだのが数秒前。
  金色の瞳をまあるく見開いた老子は、両腕を私に伸ばしてこの身体を抱き寄せた。
  心臓が、早鐘を打っている。


  「いいの…?」


  その語尾は少し震えていて、いつもどこか余裕のある雰囲気の老子がそうした様子を呈するのが意外だった。
  閉じ込められた腕のなかで、耳を押しあてると相手の拍動が聞こえた。
  とくとくと走る音。
  

  ああ、この早鐘は自分のものばかりだと思っていたけれど、本当は互いのものだったのか。
  

  私はそのことにひどく安心して、ふっと笑って力を抜いた。
  先程の質問の返事の代わりにこっくりと頷くと、そのままベッドに押し倒された。


  「んっ…」


  もう待てない、と噛みつくようなキスが降ってくる。
  恋愛下手な私にはそれを上手く受け止める事が出来なくて、呼吸をするのもままならなかった。
  離れた唇の間でなんとか息をすると、かわいい、かわいいと老子が笑う。
  中性的な容姿がコンプレックスな私にとってその言葉は嬉しくもなんともないはずなのに、なぜだか老子から紡がれるその言葉は嫌な気がしなかった。その理由を知ってしまった。その名前に今気付いてしまった。
  あなたを好きなんだということに。


  「あのさ、申公豹…一応聞くけど、その…男とするのはじめて?」
  「…悪いですか。」
  「まさか。」


  嬉しいんだよ、と額に口付けられて、かっと顔が熱くなった。
  相手越しに見上げる天井も、押し倒されたベッドも使い慣れたものなのに、まるで違う場所にいるかのようだった。
  自分より大きな手が、長い指先が、わき腹からゆっくりと侵入して肌をまさぐってくる。
  くすぐったくて身をよじると、指先が胸の先端に触れた。
  小さな電気が走ったような刺激に、ひくんと身体が跳ねる。


  「気持ちいいの?」
  「ち、が…、っ…」


  触れる様なそれが、時折爪でひっかかれたり捏ねる様にされるとたまらなかった。
  腰の辺りが鈍く、重くなっていく。


  「や、です…っ、」
  「本当に?」
  「ふ…ぅあっ…やぁ…!」


  どこか楽しそうな金色の目に見つめられて、熱くて、恥ずかしくて、気持ちいいのかさえ分からなかった。
  どこかに逃げてしまいたくても腰をずらす程度のことしかできず、その動作がかえって下腹部をおしつける様な形になってしまう。
  そこがどんな風になってしまっているかなんて、見なくたってわかる。
  分かっているからこそ、老子の手が性器に伸ばされるのをあわてて遮った。
  体格も体力も、敵わないのは百も承知だが、やっぱり他人に触れられるのは抵抗があったのだ。


  「だ、め…いや、です…っ」
  「大丈夫だよ、申公豹。…だって私もこんなだもの。」
  「ぅあ…ぁ…」


  私だってキミと同じだよ、と老子が微笑んだ。
  布越しに押し付けられた欲望は熱く、優しげな笑顔とはどこかミスマッチだった。
  躊躇いながら老子の手を押しとどめていた腕の力を抜くと、ズボンの中に手が入ってきた。


  「ん、んっ…!」
  「濡れてるね。」
  「あっ…ゃ…だ、…っ」


  くちゅくちゅといやらしい水音がいやでも耳に入ってくる。
  音の大きさでどれほど自分のものが先走りを溢してしまっているのかが分かってしまって、居たたまれなかった。
  柔らかく擦られるだけで、言いようのない快楽が走り、また老子の手を濡らしていく。
  ああ、もう、いやだ。身体が言うことを聞かない。魚のように、跳ねて、溺れる。


  「申公豹、もうこんなになってる、よ。」
  「はっ…ぁ、ア…っ」
  「そんなに気持ちいい?」
  「ぅる、さ…っも…もぉ…っ」


  何も言わないでください、と老子の胸にしがみ付いた。
  顔が熱い、身体も熱い、今自分はどんな顔をしているんだろう。きっと、すごく情けない顔に違いない。
  張りつめた熱はもう弾けてしまいそうになっている。
  まだ少ししか触られていないのに、こんな感じてしまってどうしたらいいのだろう。
  こんなにあられもない声を上げて、呆れられてしまっているのではないのだろうか。
  そう思うと目尻が熱くなってきてしまって、気付けば涙があふれていた。
  老子がぎょっとして、慌てたように涙を指でぬぐってくる。


  「えっ、どうしたの!?やっぱり、嫌だった…?」
  「ちが…っ、嫌じゃ、ないから、いや、なんです…っ」
  「え…?」
  「きもちい…から…っ、こんなに、きもちよくて…どうしたら…」


  いいのですか、という言葉は性器を強く擦りあげられて続けることができなかった。
  性急な仕草に身体が強張る。
  ごくりと喉が鳴る音がした。下腹部に当たる相手の欲望が、なぜだか先程より熱を帯びていた。


  「ひっ…あ、あっ、待っ…!」
  「待てない、」
  「あっ…だ、め…イっ…ッん、んん…!」


  湧きあがる射精感に堅く目を閉じた。痙攣し、一気に熱を出す。
  荒く息を吐きながらぼんやりとした思考で老子を見上げると、そこにはもう笑顔の彼はいなかった。
  熱に潤んだ金色の目の奥に、ゆらゆらと燃える炎が見えた気がした。
  その目が少し怖くなって視線を下げると、老子がはっとして、困ったように微笑った。
  額に小さくキスが降る。


  「ろぅ…し?」
  「ごめんごめん…。困ったなぁ…優しく、したいんだけど…あんまり可愛い事言うと、抑えがきかなくなっちゃうかも。」
  「え…?っ、あ、やぁっ…!」


  白濁に濡れた指が、後孔に挿ってくる。
  何とも言えない感覚に、ぞわりと背筋が震えた。
  これから何をさせるのかわからないわけではなかったが、流石にこの先を考えると恐ろしくもなる。
  現に指の入っているそこは固く、とても老子のものが入るとは思えない。
  力の抜き方も分からず、ただただ異物感に身体を震わせた。


  「痛い…?」
  「ぅ…いた、くは…ないです、が…っん、ふぁ…」
  「痛くはないけど?」
  「へ、んな…感じ、です…ぁっ…」
  「…。…ふぅん。」

  
  どこか愉しそうに笑った老子は、押し広げるようにもう一本指をあてがった。
  ぐちゅりといやらしい音がして、圧迫感が強くなる。


  「んんっ…!」
  「ね、申公豹…」
  「っは…な、ん…です…?」
  「変な感じ、なんだよね?」
  「…ふ、ぁっ…?」
  「でもね、キミのここ…」
  「え…?」


  ここ、と促された先を見る。
  そこには自分の性器があって、そしてそれは射精から触れられてもいないのに、確かに反応していたのだ。


  「っ!?な、っんで…」
  「さぁ?どうしてだろう、ね。」
  「ひっ…あ、ァっ、や…!だめっ…ッ」
  「ん?」
  「そ、こっ…ぁっ…!あ、そこ、や、だぁっ…!」


  老子が中の一点を押すと、ぞくぞくと得もいわれぬ感覚が走った。
  そんなに強く押されているわけでもないのに、逃げ出したくてたまらないような感覚だった。
  いやだいやだといっても、老子はちっとも止めてくれない。


  「あっ、ァ…ひ…んっ…!」
  「気持ちいい?」
  「はっ…ぁ、アッ…わ、からな…っも、もぉ…やぁァ…っ」


  身体が溶けていくようだった。
  思考も身体もがバラバラになっていくようで、怖くてただ必死に目の前の身体にしがみついていた。
  しっとりと汗ばんだ肌から、老子のにおいがする。


  「ろぅし、ろうし…っ」
  「っ…」

 
  名前を呼ぶと安心できる気がして、何度も名前を呼んだ。
  中に入っている指は増え、広げるように動かされる。
  時折耳に触れる老子の吐息は荒く、甘く歪んだ声で「もう、いれて、い?」と言われれば拒否できるはずもなかった。
  ゆっくりと、弾けそうな熱が挿入ってくる。
  力を抜かなければと思うほど、緊張して身体は強張っていった。
  震える体に気付いたのか、大丈夫大丈夫と優しい声で囁かれる。
  本当は今すぐ突き動かしたいだろうに、老子はそれをしなかった。
  ただゆっくりと、労わるように熱が埋め込まれていく。
  
  
  「は…っ、ぁ…いた…ぃ…」
  「ん…ごめんね。」
  「謝らな…で、くださ…」
  「じゃ、…ありがと。」
  「っ…ば、か…ですか…」
  「ふふ、そうかな?ばかでも、いいよ…うれしいから。」


  そう言って、くしゃりと老子が笑った。
  その笑顔に妙にきゅんとしてしまって、ときめいた胸に知らないふりをした。
  最後まで埋め込まれた熱。
  あなたが私の中で脈打っている。


  「ん、んぁっ…あっ、あ…!」
  「申公豹、すきだよ」
  「ふぁっ…あ、ァ…っろ、ぉし…ろーし…っ」


  先程の一点をすり上げながら、浅く、深く、穿たれる。
  さっきまであんなに身体がバラバラになりそうだったのに、何故だろう、今は繋ぎとめられているような気がした。
  静かな室内が、いやらしい水音と甘ったるい声で満たされていく。
  揺さぶられて何度も離れそうになる腕を必死に老子の背に回して、どちらともなく呆れるほど名前を呼んだ。


  「ひぁっ…あ、あぁあっ…も、…っぁあ…!」
  「ん、…ッ」


  どく、と体内に熱が溢れる。
  びくびくと身体は痙攣し、そこには言いようのない快楽があった。
  ただ擦りあげて射精するだけではない満たされた快楽が。


  あがる息を整えないまま、私は老子の顔を見た。
  同じように息を乱した老子と目が合う。
  潤んだ視界の中で口付けをねだれば、小さく笑った老子がそれに応えてくれた。
  そこで意識は途切れた。











  次の日目を覚ますと、老子の腕の中にいた。
  裸のままだったが、汚れは全て綺麗になっていて、彼が後始末をしてくれたのだろうと悟った。
  もぞもぞと動いても、老子は起きる気配がない。
  閉じられた睫毛は繊細で長く、カーテンから洩れる光に反射してきらきらと光って見えた。
  気温は暖かく、人肌は気持ちいい。
  襲ってくる睡魔に逆らわずに、私はもう一度目を閉じた。
  とくとくと、心臓の音がする。
  ゆったりとしたその音さえ、なんだか愛おしいとぼんやり思いながら眠りの中に堕ちていった。


  もう一度目を覚ましても、また近くでこの音が聞こえますようにと願いながら。

















  ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
  サイト開設して何年もたつのに現パロの初夜書いてなかったことにビビりました(笑)
  






   Back