あんなに眩しい白は見たことがない。


                004 この感覚は恋なのだ


              入学して間もない頃だった。
              一般教養の授業なので、学年から入り乱れている講義室。
              僕の、斜め前に座っているその澄んだ顔に、目を奪われていた。


              肩までの珍しい白金の色をした髪で、ペンを走らせる指は細く、白く、時折見える横顔は端整だった。
              ノートをとるために俯くと、プラチナの髪がさらりと頬にかかる。
              窓から入る光に反射して、キラキラと煌くその髪と肌は、目を灼くような白。


              そんな大学の講義室に似合わない神秘的、かつ自分の好みにストライクな人がいたもんだから、
              全く講義の内容は頭に入らず、気付いたときには終了5分前。


              講義が終わると、さっさとその人は部屋を出て行ってしまった。


              あの人は誰なのか、と思っても知る術がなく。
              とにかく昼休みになったので、昼食を食べにいつものベンチに向かった。


              歩いている途中も、思うのはあの銀の髪の人のことばかりで、高校の時だってこんなに人に興味を持ったことは無いと、
              今の自分をおかしく思った。
              大体、人を好きになるより、好きになられる方が多かったくらいなのだから。








              「――楊ゼン!早く来ぬか、わしは腹が減って死にそうなのだっ!」


              ぼぉっと道を歩いていると、突然前方から良く知った声がかかった。
              はっと、顔を上げる。



              「太公望…?」



              腰に手を当てて、仁王立ちで僕に声をかけたのは、入学当初から仲のいい同じ学科の太公望だった。
              彼も、学食は混雑するから嫌だと言ってこのベンチで昼食を食べるので、僕が来るのを待ってくれていたのだろう。


              …そうだ。
              太公望なら知ってるんじゃないだろうか。
              彼は結構情報通で通っているのだ。


              「太公望、ちょっと聞いてもいいですか?」
              「なんだ?」
              「銀の髪の人を知りませんか?肩くらいの長さで…」
              「銀髪?」


              太公望は何かに思い当たったような顔をした。
              それに気付いて、詳しく聞こうと追求した。


              「知ってるんですか?」
              「まぁ…この大学で銀髪といえば一人しかおらんからな。おぬしの言うやつとは申公豹のことだと思うがのぅ。」
              「申公豹…?」
              「知らぬか?まぁ学年も学科も違うから仕方ないかもしれんが。」
              「…なんで太公望はそんなに詳しいんですか?」
              「別に詳しいわけではない、あやつは結構有名人なのだよ。」


              人差し指を立てて、楽しそうに太公望が言う。
              有名人…まぁあれだけの容姿があれば有名人にもなるのだろうかと考えを巡らす。
              その間にも太公望の話はどんどん進む。


              「顔は見なかったのか?」
              「横顔ですけど、見ましたよ。」
              「美人だろう?」


              言われて、びくりと肩が跳ねた。
              やっぱりそうかと、確信した。
 

              「美人でしたよ。そりゃもう。」
              「だろう!そうだろう?あれが…





              「あれが男だというんだから、世の中不思議よのぅ。」





              ん…?
              今、なんて言った?


              「へ…?」
              「ん?あーおぬしもしかして女だと思っておったのか?あれはれっきとした男だぞ。」
              「嘘っ…」
              「嘘ついてどーする。だから有名人で通っとるんではないか、申公豹は。」


              開いた口がふさがらないと言うのは、こういうことを言うんだろうか。
              好意を持った相手が実は男だったなんて初めてだ。…いや、複数回あっては困るが…。
              泣きそうにショックだ。
              押し黙っている僕を見て、太公望が声を上げて笑った。


              「ははっ、おぬし惚れておったのか?かわいそうにのぅ…まぁ安心せい、そんなやつは五万といよるよ。
              女はもとより、申公豹を追っかける男も少なくないらしいからのぅ。」


              そうは言われても、結構本気になりかけていたのでかなり痛手である。
              とにかく早く忘れてしまおうと、その日はこれまでにない程授業に集中した。









              翌週、同じ講義であの「申公豹」を見かけた。
              相変わらず男としては可愛らしすぎる容姿だ。


              男だとは分かっているが、ついつい眺めてしまう。
              すると、前の時には気付かなかった視線に気付いた。
              僕の背中に向けられているのは、否、僕の背中を見ているのではなく…僕の背中越しに見える申公豹を見る目線だ。
              周りを見回してみると、他にも複数。
              それはあからさまなものからチラ見程度まで様々だったが「彼を見る奇異の目」であることは共通している。


              あれじゃぁ居心地が悪いだろうに。


              なんて、今の今まで自分も彼を見ていた事を棚に上げてそんなことを思う。
              …なんだろうこれ。
              同時に別の感情が生まれている気がした。
              それが何なのか良く分からなかったが、気分のいいものではなかった。


              彼と同じ部屋での90分間はなんだかあっという間で、講義が終わるとやはり彼はスタスタと部屋を出て行った。
              僕はその後姿を見つめるしか出来なかった。











              帰りの電車の中で緩い睡魔に目を閉じると、あの眩しいプラチナが微かに光った。


              あぁ、どうしよう…あの人は男なのにな。


              目の奥でチラチラと光が揺れる。
              あの群青の瞳に僕が映ったら、僕の青の髪は一層濃さを増すんだろうか。なんて馬鹿なことを考えた。


              まだ、話したことだって無い。
              まだ、二度しか会ったことがない。


              なんだ、まだってなんだよ、僕。
              期待しているのか?


              ああ…期待してる。
              相手は男だぞ。目を覚ませ。
              だが彼は、とても。そう、とても魅力的だった。


              目の奥で揺れる、この光が掴めれば良いのに。
              そうすれば彼を捕まえた気になれるのに。
              掌で包んで、僕以外の誰の視線も浴びせないようにだって出来るのに。


              カタンカタンと電車が揺れる。


              目を閉じる。


              光が揺れる。


              意識が堕ちる。


              …光は、まだ消えない。













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              もう、なんか時期はずれも甚だしいですね。
              イメージ的には5月くらいです…。
              はやく楊ゼンに「申公豹先輩!」って言わせたいんですが…(笑)
              いかんせん接点がなぁ…。
              接点作らないと…。

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