今でも大切にしています。
塗装も少し、剥げてしまったけれど。
まだ規則正しく、その音を響かせている。
005 あなたは教えてくれました
もう何年前だったか憶えてはいないけれど、ある日老子が私に土産物を買ってきた。
その土産物は小さな箱に入っていたけれど、手に持つと意外と重かった。
「これは?」
「下(人間界)のお土産。開けてごらん?」
細身のリボンをはずして、箱のふたを開けると、そこには小ぶりの懐中時計が入っていた。
蓋には細かい細工がしてあって、綺麗な銀色をしている。
持ち上げるとじゃらりと鎖の音がした。
「綺麗、ですね。」
「でしょう?職人の一点ものらしいよ。」
ぱかりと蓋を開くと、文字盤はスケルトンで、カチカチと動く様子がよく見て取れた。
じっと見入ってしまうほど、その時計を動かす構造は美しかった。
「いいんですか?こんな…」
「もちろん。君のために買ってきたんだから。」
随分高そうだ。いつも思うのだけれど、一体老子はどうやって下で買い物をしているのだろう。
疑問は尽きないが、せっかく買ってきてもらったのだからと私はそれを受け取った。
蓋を閉めて、外の細工に指を這わせると、冷たい感触が返ってきた。
「…でも、なぜ時計なのです?」
別に気に入らなかったわけではない。ただ不思議だったのだ。
自分たちは仙道なのに、時に縛られない生き物なのに、どうして時計なのかと。
10センチほど上にある老子の顔を見上げて問うと、老子は口元に小さく笑みを浮かべて、こう言った。
「君は心配性だからね。」
心配性?
老子の言っている意味が分からなくて、私は小首を傾げた。
老子がまた、小さく笑う。
「老子、それはどういう…、」
老子は私が全部言い終わる前に寝室に足を向けてしまっていた。
長い袖がひらひらと振られて、おやすみ、と欠伸交じりの声が聞こえる。
「ちょ、ちょっと…まだ話は途中です!」
完全に私に背中を向けてしまった老子は、寝室の扉をくぐる前に、こちらを振り向いて言った。
「――申公豹。時は動いているんだよ。それを見たら、忘れないでしょう?」
ふ、と微笑んで、老子は寝室に消えてしまった。
ばたりと寝台に倒れ込む音がして、数分もしないうちに寝息が聞こえてくる。
私は、手の中の懐中時計を見つめながら、老子の言葉を反芻していた。
(時は、動いている…)
道士になって。途方もない時間を過ごすようになって。
いつしか自分だけが進まない世界に取り残されているような気分になることが度々あった。
その時、私はたまらない恐怖感に犯されるのだ。
進まない時、廻らない季節、減らない時間、成長しない身体。
そんなことはないのに、まるでそうであるような、そんな気分になって、怖くて、恐ろしくて、このまま朝も夜も来ないのではないかと思ってしまう。
(これを見れば、忘れない…)
ぱかり、ともう一度蓋をあけた。
時計の構造が良く分かるその文字盤は、長針と短針と秒針だけの普通の文字盤よりも、ずっと時の動きが良く分かった。
もしかして老子は、わざわざスケルトン構造のものを選んできたのだろうか。
時が進むのが、よく分かるように。
そこまで思考を働かして、もう止めた。
銀細工の懐中時計を握りしめて、熱くなった目頭に知らないふりをした。
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安能版申公豹のあの…あーわすれた、あの時が止まるのが恐ろしい?
みたいな台詞を確認してから…と思ったんですけど 見 つ か ら な い !
でもあったはず。
時計見てて時は進んでるんだなって変に実感したので書いてみました。
老子はちゃんと申公豹のこと見てるんです。ぐーたらだけどね(笑)
10/10/24
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