貴方はまるで死んだように眠るから。



             010 私はあなたを切望しています
 


             体温が触れ合う距離で、隣に眠る師の顔を見る。
             金の瞳は閉じられていて、長い睫毛が被さっている。
             白い頬には、はらりとたれた浅葱色の髪。
             いつもと変わらぬ眠り顔。


             その、顔をじいっと見つめて、触れないように師の口元に手をかざす。
             指先に規則正しい吐息がかかって、それに満足して手を引っ込めた。
             そのままもう一回寝ようと目を閉じたとき、囁く声がした。
 


             「…どうかしたの…?」



             老子が起きてしまったようだ。


             「すみません…起こしてしまいましたか?」
             「いいよーそんなの。それよりさ、さっきの、何?」
             「…。」


             背中に回った腕にぐっと引き寄せられて、唇が触れ合うような距離で老子が問うた。
             金の目が、近い。
             この目に見つめられると、何もかもさらけ出してしまいそうになる。
             嘘なんかつけないし、ついたとしても見破られる。
             そんな瞳。
             だから、無駄なことはしないで、思ったことを話すべきなのだ。


             「…生きているかな、と…思っただけです…。」


             言うと、きょとん、と老子の目が少し見張られた。
             それから、クスクスと噴出す笑い声。


             「なぁに?死んでると思ったの?仙道は不老不死…まさか疑っているのかい?」
             「そういうわけでは…。ただ、貴方は死んだように眠るから。」


             すこし、心配になっただけで。


             そこまで言って、なんだかそんな事を言っている自分が馬鹿らしくなってきてしまった。
             口をつぐんで、顔を少し下に向けて老子と視線を外した。


             馬鹿らしい。
             ほんとに馬鹿らしい。こんなことを思うなんて。
             死ぬわけがない。
             私たちは…私たちは生きることに囚われている。


             「ねぇ、私がいなくなるのは怖い?」
             「え…。」
             「今ここで、私が姿をくらまして、黒点虎の千里眼でも見えないようなところに行って、君の前から消えてしまったら、君は、…怖い?」


             びくりと、身体がこわばる。
             目の前には静かに光を放つ金色の目。やさしい笑顔。


             離れてたって、怖くない。
             どれだけ…それこそ数世紀…会っていなくたって怖くない。 
             だけど、この目の前の存在が、跡形もなく消え去ってしまうのは。



             たまらない。



             「っ…」


             すがるように、目の前の身体に抱きついた。
             寝間着の生地を掴んで、ぎゅっと目を瞑った。
             そんな私の行動に老子は少し驚いたのか、はっと息を呑む音が聞こえた。


             「…ごめんね、大丈夫だよ。そんなことしないから。大丈夫。」


             そっと、老子が私の髪を撫でる。
             それこそなだめる様に。


             大丈夫。
             私たちは生きることに囚われているから。
             大丈夫…そうでしょう?




             真夜中の無音の世界。
             その中でたった一つ確かな音は、目の前の温かな身体の、心臓の拍動のみ。







            ―――――――――――――――――――――――――――――――
            なんだか申公豹が最強の道士だということをすっかり忘れ去ったような
            話ですが、精神的に弱い申公豹というのが、管理人のツボでして…
            でもさすがにここまで老子に依存してないだろうなぁ…。
            ここまで読んでくださってありがとうございます。



               Back