彼と一緒にいるときは、いつでも会話が弾むというわけではない。
僕は仕事で机に向かっていて、彼は窓辺で読書をしていたり。お茶を飲んでいたり。
例えばこんな沈黙が続いことが多々あるのだけれど、
僕はその沈黙さえ心地いいと思う。
012 あなたの願いには
「今日は、まだここにいらっしゃるんですか?」
沈黙を破ったのは僕だった。
日が沈んだ頃合いに、申公豹はいつも帰ってしまうのに、今日は帰り支度を始める様子がなかったので不思議に思って問いかけた。
申公豹は読んでいた本から視線を上げる。
ああ、読んでいた本が面白くて、時間を忘れていただけだったのかもしれない。
「え、」
ああ、もうこんな時間ですか。帰ります。
いつものように、そう言われるものだと思っていたのに、今日は少し違っていた。
文字を追っていた目が僕の方を向いて、瞬きを一度して、揺れて、気まずそうに目を逸らされる。
形の良い唇が一度開いて、困ったように閉じて、またゆっくり開く。
「今日 は…まだ
帰りたくない、です 」
視線が右へ、左へ、動いて。
言ってる間に彼の頬は染まっていく。
「もっと 一緒 に、 」
いたい、です。
そう呟く予定だったであろう唇に咬みついた。
漏れる吐息に、体の熱が上がる。
はじめは強張っていた身体が、どんどん溶けていって、
このまま唇を離して、飛び込んでくる彼の潤んだ群青を見てしまえば止まらなくなってしまうと分かっていたから。
彼の顔を見ないように、自分の胸にすぐ閉じ込めた。
「もー…〜〜どうしてそう!貴方は…!!僕をどうしたいんですかー…っ」
死んでしまう。
愛しくて死んでしまう。
大人しく僕の胸に納まっている彼は何も言わない。
ただ耳までも赤くして、いつもはそっけない手が僕の服なんか掴んでいる。
もう無理だ。帰りたいっていったって、帰してやるもんか。
「楊ゼン、」
そう言って、絶妙のタイミングで上げられた彼の瞳。
大きなその眼に映った自分が、驚くぐらいゆるんだ顔をしていた。
僕にも、こんな幸せそうな顔ができたのか。
一瞬、そんな事を考えた。
――――――――――――――――――――――――――――――
幸せそうな楊申が書きたかったのでいつもより甘アマで。
短めですけど、満足です。
Back