014 笑ってください
太上老君が元来ほとんど笑わない人であるという事実を知ったのは、付き合い始めてから随分たった頃だった。
大体、初対面の頃から、にこにこにこ愛想笑いが上手すぎるのではないかというくらい笑い掛けられていたし(実際は
愛想でもなんでもなかったらしいが)、付き合い始めてからもそういった表情や態度が変化することは無かったので
彼は元々そういったタイプの人なのだと思っていた。
それがどうだ。
仕事ぶりでも観察してやろうとこっそり覗き見た仕事中は、殆ど笑わないのである。
薬剤師だって対人サービスなのだから、笑顔振りまいてなんぼの世界だというのに。
たまに浮かんでもそれこそ愛想笑いの薄っぺらい笑顔ばかりで、私と会うときとまったく印象が違っていた。
「どうしたの?」
「っ…!?」
突然、後ろから声を掛けられて驚いた。
振り向くと、ついさっきまで老子の隣で仕事をしていた雲中子さんがそこにいた。
いつの間に。
「ごめんごめん、そんなに驚くと思わなかった。」
「い、いえ、お気になさらず。」
まずい、雲中子さんと喋ってたらこっそり来たことが老子に気付かれてしまうかもしれない。
さっさと店を出ようとした私を、雲中子さんが引きとめた。
「だいじょーぶだよ、バレないばれない。太上老君、今調剤中だし、しばらく調剤室から出てこないから。」
にやにやと、楽しそうに笑われる。
どうして考えてることがわかったんだろう…雲中子さんは不思議な人だ。
とりあえず老子に気付かれることがしばらく回避できるということを知った私は、せっかくの機会なのでさっきの疑問をぶつけてみた。
「あの、老子って…いつもあんな風なのですか?」
「あんな?」
「その…笑わないというか、愛想がないというか…。」
ああ、と雲中子さんは手を打った。
「太上老君ってねえ、気に入った人…というか、自分の興味ある人にしか本気で笑わないから。」
「は?」
あんまりな答えに、思わず聞き返してしまった。
興味のある人しか笑わないって…それ殆どの人には表情崩さないってことじゃないか。
そんなので大丈夫なのだろうか…その、主に仕事とか。
「私は同期で入ったんだけど、最初の頃なんかほとんど喋らないわ愛想ないわで…まぁ人のこと言えないんだけどさあ。
で、加えてあの容姿だろう?ほら、美人って黙ってたらすごい威圧感あるからさあ、近寄りがたいのなんのって。
ま、お客さんと患者さんにはその近寄りがたさがまたイイ!っていう方が多かったから問題なかったんだけど。」
とりあえず仕事面での心配は解消された。
お客や患者の気持ちも…わからなくはない。
確かに彼はあまりにも整い過ぎていて逆に怖いくらいの顔の造りをしているので、黙っていたら相当絵になるのだ。
しかし驚いた。あの笑顔がそんなに貴重なものだとは。
「私のときは初対面でも、普通に笑ってましたよ…?」
いまだに信じられない私は、とりあえず事実を話してみた。
すると雲中子さんは、すごく驚いたようで、ちょっと固まってから少し考えるような仕草をして、それからまたにやにやと楽しそうに笑った。
「うん、まぁ、それってつまりこういうことだよねえ。」
「こういうこと?」
「一目見たその時から、特別ってわけでしょう、つまり。」
盛大な一目惚れだ、と掠めるように雲中子さんが私の耳に囁いて、じゃあそろそろバイバイ、と調剤室に戻っていった。
揺れる白衣の背中を最後まで見送ることなく、私は手で顔を覆った。
ひとめぼれ?
とくべつ?
ぐるぐると、言葉がめぐって止まらない。顔が熱い。
そういえば告白されたときにそんなことを言っていたような気がしないでもないけれどもまさか本気だなんて思わなくて。
なんだこの気持ちは。
「申公豹!」
ぱたぱたと、走る音がして、よく知った声が、そして今一番顔を合わせたくない人物の声がした。
こんな顔、上げられない。
「雲中子に聞いたよー、来てたなら言ってくれればいいのに。」
「別に、仕事の邪魔するほどの用事なんてありませんから…。」
不振がられないように、少し俯きがちに顔をそらした。
そんな態度を不思議そうに見ていた老子は、ふぅんと言って、驚くほど自然な動作で私の髪を撫でた。
「きみが来てくれるなら、仕事のほうが邪魔なぐらいなんだけどねー。」
そういって、いつもの様に笑った。
それを今までは何とも思わなかったけれども、今日その笑顔が普通の人には向けられないものだということを知ってしまった。
あなたが微笑む限り、私たちの距離は変わらないということならば。
ならばどうか
いつまでも笑っていてください。
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老子が実は普段笑わない人だったら萌えるなと思いましてですね…!
今まで書いた現代パロの中で一般人に老子普通に笑ってたらどうしようとかドキドキです。
確認してな…(殴
09・8・26
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