白いシーツに白金が埋もれている。
  私はその細い手首を掴んで、押し付けて、抵抗を奪い。
  首筋に噛み付いて飽きるほど印を刻んで。
  大きな瞳から時折はらりと流れる涙をすくい取る。
  組み敷かれた白金はその時震える唇で何か呟くのだけれど、それが聴こえない。



  …そんな夢を見た。






   020 あなたを想う故の






  「まずいよねぇ…これって。」


  がば、と、自分にしては騒がしい覚醒の仕方をした。
  久しぶりに世間一般で言う「夢」を見たというのに、この内容はどうしたものか。
  今回は何年眠っていたのかよくわからない。そんなことはどうでもいいのだけれど。
  寝台の周りに埃がそれほど積もっていないのは、あまり時間が経っていないということなのか、それとも――


  「おや、起きたんですか。老子。」
  「……おはよう、申公豹。」


  この愛弟子が部屋を掃除してくれているからだろうか。


  以前見た時より幾分伸びた白金の髪を揺らして、ラフな格好をした申公豹が寝室の入り口に寄りかかって立っていた。
  そうこの彼こそが、夢に出てきた「白金」だ。
  だからこそ、夢があんな内容では問題なのだ。


  「おはようございます。…お風呂でも入ってきたらどうです?とりあえず。」
  「ああ、そうだね…」


  身体を洗うついでに、さっきの夢も綺麗さっぱり流してしまおうと寝台から降りようとして、…固まった。


  「?…どうしたんですか。」
  「あー…いや、すぐ行くから。気にしないで。」
  「??…はぁ。別にいいですけど。」


  あはは、と乾いた笑いで誤魔化しながら寝室を出て行く申公豹の背中を見送った。


  (思春期のガキか私は…)


  長い長い袖で目を覆った。
  暖色の闇の中で思い出すのは先程の夢。
  内容が内容なだけに身体が異常(いや、成人男性としては正常なのだが)をきたしている。


  端的に言うと、愛弟子を犯している夢だ。


  他人がどう判断を下そうとも自分にとってはかわいいかわいい弟子なので子どものように愛しく思う権利はあるはずだ。
  が、ここまできてしまった以上この思いにつける名前は恋愛以外の何ものでもなく。
  こんな夢を見るまで気付かないなんて自分も耄碌したものだ。



  (はやく、治まって…)



  掛け布団に突っ伏して、自分の身体に言いつけてみるがなかなか治まってくれない。
  …顔が熱い。








  「老子…?」
  「!」


  声をかけられて、慌てて顔を上げると申公豹が寝台の傍まで戻ってきていた。
  こんなに近くに来るまで気付かないなんてどうかしてる。


  「な、なに?」
  「何って…なかなか起きてこないので微睡んでるつもりなら叩き起こそうと思って来たんですが。」


  そう、片手に雷公鞭を持ちながら恐ろしいことをサラリと言ってのける。
  過激な起こし方だなぁ、と軽口を叩いてみるけれど自分の表情は思ったより平然を装えていなかったようで。
  申公豹は眉を曇らせた。


  「…具合でも悪いのですか?」


  ずい、と申公豹の顔が近づいてくる。
  どうやら熱を測ろうとしてくれているようだ。それも手ではなく、額同士で。
  数秒後にはとってもおいしい状況になるだろうが、このままではまずい。


  だって自分が何をするかわからない。
  衝動に任せて何かを壊してしまうかもしれない。
  何か、が何なのかは、わからないけれど。


  「――大丈夫、なんでもないよ。」


  いつもの笑顔を繕って、出来るだけ自然にやんわりと肩を掴んで申公豹を押し戻した。
  あと10センチというところまで迫っていた白磁の肌は、また遠ざかった。
  今はこの距離でいい。
  手を伸ばせば触れられるけれど、消して踏み込めない、この距離でいい。


  不思議そうな群青の大きな瞳がこちらを見つめている。
  その中に映っている自分は、我ながら上手く微笑んでいた。


  「ほんとに大丈夫なんですか?」
  「うん、本当だよ。なぁに、申公豹…そんなに私のこと心配してくれるのかい?」
  「っし、心配なんかしてません!ちょっと気になっただけですっ…とにかく、さっさと起きてくださいね!」
  「はぁい。」


  からかわれた事に頬を赤らめて、申公豹は足早に寝室を出て行った。


  (かぁわいいの)


  クスクスと自然に笑みがこぼれた。
  あの子を愛しいと思う。
  今までの親子的なそれに今日からはもう一つ重さが加わった愛情を向けることになるのだろう。


  「困ったなぁ…」


  この感情をどうしたものか。
  血が繋がっていないとはいえ、師匠が弟子を恋愛対象として見て良いものなのだろうか。
  世間の常識とかそんなくだらないものはとうの昔に捨ててしまったけれど。
  今のこの関係が壊れてしまうのは、…少し怖いかもしれない。


  ギシリと寝台を鳴らして、冷たい床に足を下ろす。
  どうやら身体はもう大丈夫なようだ。
  一先ずは温かい湯でも浴びて、


  あのプラチナを戯れに抱き締める度胸でもつけるとしよう。





  久しぶりに夢を見た。


  白いシーツに白金が埋もれている。
  私はその細い手首を掴んで、押し付けて、抵抗を奪い。
  首筋に噛み付いて飽きるほど印を刻んで。
  大きな瞳から時折はらりと流れる涙をすくい取る。
  組み敷かれた白金はその時震える唇で何か呟くのだけれど、それが聴こえない。
  聴こえないが、確かにその後白金は、


  それは幸せそうに微笑むのだ。










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  老申短編の「こいわずらい」のちょっと前くらいのイメージです。
  
  ものすごく余談ですが、勃っただけにしようか夢精にしようかですごく悩…(くだらねぇ…!)
  結局前者になりました。


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