このぬくもりを刻んでおこう。
021 近い将来
「もーくるしいです、邪魔です、いい加減にしてください。」
抱き寄せると言うよりは、抱きつく、抱き殺す、と言った表現が正しい。
そんな行為の所為で申公豹の背は、太上老君の重みにより外側に随分傾いている。
「あとちょっと。」
愛弟子を押しつぶさんばかりに胸に抱いて、太上老君はのんびりと答えた。
その呑気さに怒った申公豹がさらに苦情を言い出すと、やっと太上老君は腕の力を緩めた。
「なんなんですか、今日はまた。」
ふぅ、と息を吐いた弟子が問うと、師はやはりのんびり。
「だって申公豹は骨張ってないから、ものすごく抱き心地がいいんだもの。」
と、答えた。
その理由はあまりにも単純で、単純であるが故に拒みにくい。
「なんですか、私は抱き枕扱いですか。」
「え、一緒に昼寝してくれるの?」
「頭かち割りますよ。」
「ゴメンサナイ。でもさぁ、抱き心地がいいのは本当だよー。」
「そんな事言われましてもね…。」
抵抗する気も嫌味を言う気も失せてきた申公豹が完全に力を抜くと、それを見計らったかのように
するすると太上老君の手が背を上ってくる。
布越しに触れている手はぼんやりとあたたかい。
「後ね、この肩甲骨の浮き方が好き。」
耳に吹き込まれる声とともに、するりと細い指が申公豹の骨の形をゆっくりと撫でた。
「く、すぐったいです…。」
肩を跳ねさせ、息を詰めてそういうと、反応に満足したのか太上老君はクスクスと笑いながら肩甲骨に在る指の動きを止めた。
「そういえば背が伸びたね、ここに始めてきた頃に比べると。」
「伸びてなきゃ困りますよ、何年経ってると思ってんですか。」
意図のつかめない…というか意図など無いのではないかと思えてくる独り言のような太上老君の言葉に、
面倒くさがりながらも申公豹は言葉を返す。
言葉は耳から体に染み渡る。
会話を紡ぐ声は、のんびりしているのにやけに真剣で。
「顔立ちも大人になったし、すごく強くなった。」
「…老子?」
そう、胸が痛くなるほど、真剣で。
思わず申公豹は、師の名前を呼んだ。
こつん、と太上老君が申公豹の額に自分の額をくっつけた。
身長差から見下ろす形になっている太上老君のやわらかい浅葱の髪が、申公豹の頬を撫でるように流れた。
「…ねぇ、申公豹。もうすぐアレが発動するよ。」
「アレ?」
「封神計画。」
「…。」
金の瞳は、一瞬黙った申公豹に穏やかに向けられていた。
「行くんでしょ?」
「ええ。」
「言うと思ったよ。」
「…しばらく帰ってきません。」
「うん。」
太上老君の声のトーンが、少し下がった。
不可解な行動。
思い出したような独り言に似た会話。
申公豹の思考が、ピンとある答えにたどり着いた。
ありえないと思いながらも、とりあえず口に出してみる。
「もしかして寂しいんですか?」
未だに額はくっついたまま。
太上老君の顔が一瞬きょん、となったのが申公豹には意外だった。
その表情はまるで、「今言われて気付いた」と言った類の顔であった。
「さぁ…?どうだろ。良くわからないな。今生の別れでもないし。」
「そうですね。」
「ただねぇ…」
「?」
がば、とくっ付いていた額と体が離されて、二人の間にここ数十分通らなかった風が吹き抜ける。
触れ合っているのは申公豹の両肩と、太上老君の両掌。
「可愛い愛弟子に悪い虫がつかないか心配で心配で。」
そう言って、クスッと太上老君が笑った。
「…どこの親バカですか貴方は。」
「だって愛弟子だもの。子どもみたいなものだよ。」
ぽんぽん、と太上老君は申公豹の頭を優しく叩いた。
その仕草は、昔からずっと変わらない。
「…。…そうですか。」
変わったのは、その仕草の後に申公豹が「子ども扱いするな」と噛み付かなくなったことだ。
「ねぇ申公豹。」
「はい。」
「一緒に昼寝しよう?」
白金の髪に触れながら師が言った。
愛弟子は、ふぅと長く息を吐き出した後。
「……いいですよ。」
と、微笑んだ。
刻み付けよう、このぬくもりを。
旅立ちは、もうすぐだ。
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拍手にあった台詞にちょこちょこ書き加えたものです。
台詞だけの方がいろいろ想像が膨らんで良かったのかも;;
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