028 どんな屈辱も





  「申!申公!」


  晴れの日の昼下がり、芝の上でまどろんでいると後方から声がした。
  独特の声と呼び方。見なくても誰だか分かった。


  「だから、私は申公豹だと何度も言っているでしょう?多宝。」
  「呼びにくいんだよ、良いだろーが別に。」


  寝転んでいる私を多宝道人が上から見下ろしてくる。
  彼はもとより身長が高いので、ずいぶん遠くに顔が見えた。
  相変わらず、意地の悪そうな笑みをたたえている。


  「…何の用です?」
  「多宝サマの特別公開授業、今なら参加費無料だぜ?」
  「何を言っているんですかあなたは。」


  あなたに教わることなど何もありませんよ、とジト目で多宝を見る。
  多宝は、私が仙人界に上がってから初めてできた知り合いというかなんというか。
  決して友人ではないのだが…有り体にいえば悪友といったところであろうか。
  とにかくことあるごとに突っかかってきて、正直対応するのがめんどうくさい。 
  だからさっさと話を切り上げて家に帰ろうと思ったのだが、今日の多宝はいつも以上に強引だった。


  「いいから、来いよ。」


  ぐい、と腕を掴まれて早足で歩きだされる。
  自分の庵に向かうようだった。


  「ちょっ…放してください!」
  「なんだぁ?暇そうにしてたじゃねぇか。」
  「面倒事はごめんです!」
  「お前が知らないようなこと、教えてやろうと思っただけだよ。」
  「?…私が知らないようなこと?」

  
  そうそ、と多宝は私を見てにやっと笑った。
  私が知らないようなことって何だろう?
  確かに、私よりも多宝の方が上(仙人界)に長くいるようだから、私よりも多くのことを知っているだろう。
  けれど、だからといってなぜ多宝の庵までいかねばならないのだろう。
  いい加減腕を放してほしい、多宝は力が強すぎる。













  「そこ、座ってろ。」


  庵に連れて来られて、布団の方向を顎で示された。
  多宝は荒っぽそうな見た目に反して勉強家である。庵の中は書物だらけだ。
  古い本、新しい本、何かをメモした紙や筆、そんなものが雑然と置かれていて、座るところはほとんどない。


  「相変わらずですね…。少しは整理したらどうです?」
  「悪かったな、整理してこれなんだよ。手にとってもいいが元に戻せよ、場所が決まってんだ。」

  
  これで?と散乱している書物たちを見ながら申公豹は呆れた。
  紙と墨の独特の香りが、部屋の中に充満している。


  「で、何なのですか?」
  「まぁまぁ、そう焦るな、って。」
  「っ…!?」


  近寄ってきた多宝は、いきなり私を布団に縫い付けた。
  黒硝石の目が楽しそうに私を見ている。
  行為の意味が分からなくて、訝しげに多宝の顔を見た。


  「なんです?重いですよ、退いてください。」
  「……。おいおい、まじでわからねぇのかよ?疎そうだとは思ってたけどよ。」
  「…?なに…」


  多宝は私の道着の合わせ目から手を入れて左右に割り開いた。
  いきなり服を脱がされかけて、驚かないはずもない。
  なにをするんだと暴れたが、多宝の身体はびくともしなかった。


  「だから言ったじゃねーか。特別授業だってよ。」
  「これのどこが…!放してくださいっ…」


  多宝の指が、胸の先端に触れる。
  痛いようなむず痒いような、良く分からない感覚に私は頭を振った。


  「ホントにわかんねぇのか?てっきりお前んとこの師匠がさっさと手ぇ出してると思ってたんだけど。」
  「老子が、なに…」
  「されたことねぇのかって。こういうこと。」
  「老子は、こんなこと…しません!」
  「…こりゃ儲けもんだ。初モノってか?」


  ニィと笑った口から八重歯が覗いていた。
  多宝の言っている意味が分からない。 
  老子はこんなことしない。こんな、変な風に触ったりしない。
  もうそんな所を弄らないでほしい。
  なんだか、体がおかしいのだ。


  「多宝っ…そこ…触ら、ないでくださ…っ」
  「なんでだよ?気持ちよくなってきたんだろ?」


  固くなってきたぜ?と多宝は良く分からないことを言って私の胸を舐った。
  長い舌が絡みついてくる。


  「ひっ…」


  とっさに漏れた声に、困惑して手で口を塞ぐ。
  身体が熱くて、むずむずする。よじるように身体を動かすと、多宝がにやにやと楽しそうに笑った。
  もういやだ。やっぱりあの時無理やりにでも手を振り払って家に帰るべきだった。


  「逃げるなよ、申公。」


  今更逃げの体勢を取っても、腰をぐっと押さえつけられて少しも動けなくなる。
  そのまま多宝の手が下の方に滑って、とんでもないところを触ってきた。


  「!?」
  「お、半勃ちじゃねーか。」
  「どこ触って…!?」


  他人に触らせるような所じゃない。
  ぎょっとして叫ぶが、多宝は道着の上からじゃなく、直にそこに触れてきた。
  骨っぽいかさついた指が撫でさすっていく。
  多宝の腕を退かそうとしても刺激で身体の力が抜けていってしまう。 
  ゆっくりとした手の動きが、段々と早くなった。



  「っ、ぁっ…ん、んんっ…」
  「へぇ、かわいい声出せんじゃねーか。」


  前言撤回しよう、この男は悪友ですらない、ただの変態だったようだ。
  これが自分のものなのかと思うほど甘ったるい声が、唇を噛んでも止まらない。
  この瞬間に空気が消え去ってしまえばいいのにと思った。
  そうすればこの声は、音は、誰にも届かないのに。


  「ふ、く…っ…っん…」
  「声抑えんなよ。」
  「嫌…っ…も、触らないで、くださっ…たほぉ…」


  舌っ足らずの子どものような声。
  それをどう感じたのかわからないが、多宝は一瞬目を見開いて、一層強く性器を扱きあげた。
  頭の中が真っ白になって自分の身体が自分ではなくなっていくような感覚がした。
  それは恐ろしくて、でもどこか甘美だった。信じたくないほどに。


  「ひ、ぁっ…やめ、変、です、いや…っ…」


  足をぎゅっと閉じる。それでも足の間で蠢く多宝の指はちっとも止まってくれなかった。
  それどころかそんな私の行動を、くつくつと喉の奥で笑うのだ。
  多宝の黒い目がきゅうっと細くなった。
  蛇のような瞳孔で、まっすぐ私を見る。


  「イきたいか?」
  「い…?」
  「ほんと、なんもしらねーんだなぁ。」


  ははっ、とたまりかねたように多宝が笑った。
  じゃあ教えてやるよ、と耳元で囁く声がする。低く掠れた声に、身体が震えた。


  「ふぁっ、ぁ…や…だ、め…―――っ…!」


  水音が響くほど激しく擦られて、なにも考えられない。
  快楽と解放を求める体に抗うことも出来ずに、気付けば大きく体を震わせていた。
  ぎゅっと閉じた瞼を開け、下腹部に飛び散った白濁に息をのんだ。


  「気持ちよかっただろ?」
  「ぁ…ぁ……」


  起こってしまった事実を信じたくなくて目を逸らす。
  逃げ出す気力も失って放心していたが、後孔を撫でてくる指の感覚に我に帰る。



  「な…っ、何…?」
  「まだ授業は終わってないぜ?申公。今度は俺が気持ちよくなる番だ。」


  何をされるのか想像もつかないが、嫌な予感しかしなかった。
  三日月形に笑う多宝の口元にぞっとする。
  無駄だと分かっているが多宝の下で力一杯暴れた。


  「い、やですっ…!老子、老子っ…」
  「呼んでもこねーよ、どうせまた寝てんだろ?」


  口をついて出たのは師の名前だった。
  馬鹿みたいに何度も何度も叫ぶ。私には呼べる名前がそれしかないのだ。
  うるさく呼び続ける口を塞ごうとしたのか、舌打ちをした多宝の顔が近づいてくる。 
  その時。



  「誰が寝てるって?」



  よく知った声が、私の耳に届いた。


  「――――げっ、」
  「老子!」


  私とあからさまに嫌な顔をした多宝が振り向くと、浅葱色の髪を揺らして老子が其処に立っていた。
  荒っぽい仕草で扉を閉めて、大股でこちらまで近づいて来る。
  口元は緩く上がっていたけれど、金の瞳は全く笑っていなかった。


  「しばらくぶりだね多宝。…で、一体私の申公豹に何をしているのかな、君は。」
  「はっ、どっかの誰かさんが性教育もしてねぇみてーだったから、ちょっと個人レッスンをだな…」
  「大きなお世話だよ。――いいから退け。」


  老子が多宝の首根っこを掴んで、後ろにぐっと引いた。
  たったそれだけのことで、面白いくらいにぽぉんと多宝の身体は後方の壁に飛んでいく。   
  腕力で出来るはずもなく、何をしたのか見ただけではちっとも分からなかった。
  老子が乱れた道着を直してくれたが、隠しようもなく飛散した白濁が恥ずかしくて私は身を縮こまらせる事しかできなかった。
  何でもない様に老子は私の手を引いて立ち上がらせ、守るように背中に私を隠した。
  投げられた位置から立ち上がった多宝が、臀部を摩りながらこちらを見ていた。
  相変わらずニヤニヤ笑いの多宝を見て、老子の機嫌は悪くなる一方だった。


  「かぁわいかったぜ?そいつ。」
  「黙ってくれない?」
  「ちょっと触っただけでびくびく震えて、」
  「黙れって言ってるだろ。次こんなことがあったら許さないよ。多宝。」
  「わぁったわぁった、こわいお父さんだな全く――ってぇ!」


  ごん、と鈍い音がした。軽口をたたいた多宝の頭を、老子が思いっきりぶん殴っていた。
  普段そんな老子を見たことがないから、面喰ってしまった。


  「だれがお父さんだ。じゃあね、多宝。もう二度と会わないことを祈るよ。」
  「はいはい。」


  ばたん!と力任せに閉められた扉が多宝と私たちを遮断した。
  イライラとした雰囲気の老子を恐る恐るうかがっていると、視線に気付いたのかこちらを見た老子がふっと表情を緩めた。
  長い袖に隠れた掌が、私の頭をぽんぽんと軽く打つ。


  「…大丈夫?申公豹。」
  「だ、大丈夫、です…。」


  その表情にほっとしたら、急に力が抜けてきた。
  足元がふらついている私の肩にそっと手を差し伸べて、老子は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


  「ごめんね、もっと早く着けたらよかったんだけど。」
  「いえ…。」


  ふらふらついていてしまった私が悪いのですから。
  むしろ怒ってくれても構わないくらいなのに。どこまでも優しい老子に、何も出来なかった自分を責めた。
  何を話していいのかも、どんな顔をしていいのかも分からないまま砂利道を歩く。
  家までの距離がこんなにも遠く感じたのは初めてだった。


  「あの、さ…」
  「?」


  沈黙を破ったのは老子だった。
  いつの間にか外は橙色。
  夕暮れの中、相手の表情はこちらからはよく見えなかった。


 
  「今度は、私がちゃんと教えてあげるから。」



  「え?」
  「…いや、なんでもないよ。」


  呟くように言われた声は私には届かず、聞き返しても老子は応えてはくれなかった。
  屈んだ拍子に光の当たり方が変化して、老子の表情が少しわかる。
 

  耳頭の上に小さくキスを贈ってくれた師の口元は、なぜだろう、どこか冷えた笑みを湛えていた。




















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  と不穏な雰囲気で終わる(笑)
  多宝さん名前以外はほぼ私の趣味ですごめんなさい、イメージは蛇とかそんな感じ。
  黒髪短髪で後ろ一束くらい腰くらいまである髪。黒い道着。ひょろ長い長身で灰色の蛇目。八重歯でニヤニヤ笑い。
  口悪いキャラ結構好きです(´∀`)

  ちょっと病んでる老子も美味しいと思うんですよね、私。過保護拗らせた感じで。
  (ああこんなことになるならさっさと私のものにしておけばよかった、もう閉じ込めてしまおうかなぁ…)
  みたいな。レッツ監禁プレイ!み、たいな…えへ。


  タイトルは申公豹の屈辱でもあり、老子の屈辱でもある。

  2013/2/21


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