034 あなたが一番幸福であるように
「そういえばさ、申公豹って誕生日いつなの?」
もう仙人界にあがってからどれくらい経っただろうか。少なくとも3ケタは突破しているように思う。
ボクは千里眼が安定したし、色々あったけれど申公豹もかなり表情や感情を表現するようになった。
ただし、太上老君が怠け者なのは相変わらずだったけれど。
そんなこんなで本当に今更だとは思いながらも、長年疑問に思ってきたことをボクは目の前で服を着替えている申公豹にぶつけた。
「誕生日?」
上着に手を通して、襟首から顔を出した申公豹が答えた。
そういえば申公豹は最近、道着を着なくなったなぁと頭の端でぼんやりと思った。
「…冬だった、とは思いますけど。」
着替えが済んだ申公豹は、ボクの方を見てそう答えると、居間のほうに歩きだした。
ボクはその背中を追いかける。
「なにそれ。曖昧すぎない?」
「しょうがないじゃないですか、もう何世紀も前のことなんですよ?それに、」
「…?…それに?」
お茶を汲んで椅子に座り、黙ってしまった申公豹に、僕は催促するように声を掛ける。
すると、申公豹は悲しいのか、寂しいのか、辛いのか、良く分からない顔をして笑った。
「私の誕生日は、7歳が最後ですから。」
「え…?」
誕生日が7歳で最後?どうして?
言っている意味が良く分からなくて、ボクは首を傾げた。
困惑した様子のボクに気付いたのか、申公豹が少し躊躇いがちに口を開く。
「そうですね、だから…誕生日は、生まれてきたことをお祝いする日でしょう?」
「うん。」
「だから、ですよ。」
申公豹が何でもない風に笑った。
ボクはその質問を投げかけたことを心底後悔した。
どうしてこんな大事なこと忘れていたんだろう。
そうだった、申公豹は小さい頃に力のコントロールが出来なくて、その…両親に気味悪がられて監禁されてたんだった。
そんな状態で誕生日のお祝いも何もあるわけがなくて。むしろ…。
どうしよう。
どうしよう、絶対、嫌なこと思い出させた。
「ごめん…。」
「謝らなくてもいいです。黒点虎は、気になったから聞いただけでしょう?」
「でもっ、」
「大丈夫ですよ。…私はもう、そんなに弱くありません。」
ボクの額を撫でて、申公豹はそう言った。
意志の強い、綺麗な群青色の瞳をしていた。
ボクはその綺麗な目を見ながら、昔の申公豹の水底みたいに昏い目を思い出して、彼は本当に強くなったなと思った。
そうだね、と呟いてボクが笑うと、申公豹も笑ってくれた。
「…何のはなししてるの?」
そんな時に、キィと扉が開いて眠ってるあの人が起きてきた。
まだ眠いのか、長い袖で目をこすっている。
「老子、おはようございます。」
「おはよう!老君。」
「ん…おはよ…。」
ふぁ、と大きな欠伸をして、老君が申公豹の向かいの席に腰を下ろした。
「それで、何の話してたの?」
「あー…えっと…。」
蒸し返していい話なのか分からなくてボクが言葉を濁していると、申公豹がボクに視線を寄越した。
言っても大丈夫ですよ、とそんな意味を含んで。
「えっと…誕生日の話、してたんだ。申公豹の。」
「生憎、私は覚えていませんでしたがね。」
すると、老君はきょとんと目を開いて、僕らを見た。
「申公豹の誕生日って…2月の12日でしょう?」
そう、老君はあっさりと言ってのけた。
驚いたのは僕よりも申公豹だったようで、持っていたお茶ががたんと手から滑って落ちた。
「なんだい、覚えてないの?君がここに来た日だよ、申公豹。」
「え…」
「君はここで申公豹≠ノなったんだ。過去がどうであろうとね。だから君の誕生日は、ここに来たその日だよ。」
ふわ、と老君が微笑った。
ボクは、申公豹の顔を見ることはしなかった。
きっと泣いているのだろうと、分かっていたから。
そう思うと、ボクも嬉しくてたまらなくて、もらい泣きしてしまいそうだった。
老君が手を伸ばして、少し震えている申公豹の頭をぽんぽんと撫でていた。
「ああ、じゃあ今年は誕生日会でもしようか?申公豹。」
「…っ…んなに、…こども、じゃ…りません…っ…」
うれし泣きしながら、そんな返事を返す申公豹をやっぱり意地っ張りだなぁと思ったのは僕も老君も一緒だったようで。
僕らは顔を見合わせて、申公豹にばれないように微笑んだ。
誕生日知らないなぁと思って書いてみました。
このサイト公開したのが2月12日。
だからこのサイトの申公豹の生まれた日は2月12日。
しかし申公豹泣かせすぎですね…何回泣かせてるんだろう…(笑)
過去捏造しててもそこまで深く考えてないんですが…一応、7歳で力が露見→12歳まで監禁、その後森で庵暮らし
→16、7歳で黒点虎と出会う→それから数カ月後に老子が口説きに来る→仙人界へ
こんな感じ…?
あの老子が日付まで律儀に覚えてるあたりがこの話のミソです^^大事な弟子だもんね。
10/12/11
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