堕ちていくキミの目にボクが映る。
  ゆっくり、
  ゆっくりと、
  羽根でも生えてるんじゃないかって程柔らかく、おちる。



   036 いつもいつも



  冬がそこまでやってきていた。
  綺麗に色づいた葉は枝を離れ、何百何千と降り積もって地面を染め上げている。
  空から見ていると、それこそ大きな絨毯を広げたように見える。
  もうこんな風景は何千回と見ているはずなのに、それでも申公豹はその美しさに目を細めた。
  はあ、と感嘆の吐息が黒点虎の耳に届く。
  満足そうなその声に、黒点虎も嬉しくなった。


  「黒点虎、高度をもう少し下げてください。」


  楽しそうな声で申公豹が言う。きっと今顔を見れば笑っているのだろう。


  「うん。…これくらい?」


  黒点虎が少し高度を下げる。
  秋色の地面が申公豹の群青の目により鮮やかに映り込んだ。


  「もう少し、」


  背をぱふ、と叩かれて黒点虎は言われた通りに高度を下げた。
  もう木々の天辺すれすれを駆けていた。


  「これくら…」


  い?と続けようとした黒点虎だったが、次の瞬間息をのんだ。
  今まで背中にあった重さが、一瞬にして無くなっていた。


  「申―――っ!?」


  ふわ、と申公豹の燕尾のケープが舞って、仰向けに落ちていく申公豹の姿が黒点虎の目に映った。
  綺麗に目を細めて、両腕を開いて、白金の髪を揺らして、秋色の絨毯に落ちていく。
  時間はこんなにゆっくり流れていたのかと思うくらいの早さで落ちていく。
  いや、時間の流れが遅いのではなく、彼の落ちる速度だけが遅いのかもしれない。
  そう思うほどゆっくりと柔らかく、申公豹は落ちていく。
  申公豹の大きな眼に、自分が映り込んでいるのを黒点虎は見た。
  吃驚している自分と、楽しそうな申公豹の表情のギャップが不気味だった。


  黒点虎がその最速を持って飛び出した時と、申公豹が地面に軽い音を立てて落ちたのはほぼ同時だった。
  せっかく足が速いのに、感情に左右されていては意味がないと黒点虎は思った。


  「な、に…なにやってんのっ!?」


  あらん限りの声で黒点虎が叫んだ。
  森が一瞬揺れたが、そんなことはどうでもよかった。


  「ふ、ふふ…くすくす…」


  結構怒りを込めて叫んだのに、申公豹は黒点虎の声など聞こえていなかったかのように笑った。
  申公豹が笑うたびに、下敷きになった葉っぱがガサガサと音を立てた。


  「楽しい、ですね、黒点虎。」


  そういって申公豹は、とうとう腹を抱えて笑いだした。
  こんなに笑った主人を見たのも久しぶりだと黒点虎は思った、と同時に呆れた。


  「たのしい…楽しい…って。…もぉおお、楽しいのは申公豹だけだよ!?ケガしたらどうするのさぁあ…」


  いくら高度を下げていたからって、申公豹が落ちたのは結構な高さからだ。
  地面に柔らかい落ち葉が何重にも積み重なっているこの時期でなければ、ケガどころが骨が折れててもおかしくない。
  首や背骨なんて折れたら洒落にならない。
  いや、きっと申公豹ならそんな怪我しないように何とかするんだろうけれども。
  いやいやでもさっきの表情は自分をかばう気ゼロだった!
  とかなんとか黒点虎が悩んで(?)いる間も申公豹はかまわず笑い続けている。
  

  「申公豹!?」
  「はいはい、すみません。」
  「ホントに反省してる?」
  「はい。次はあなたに言ってから飛びますよ、黒点虎。」
  「…。……。」


  そうじゃなくて、そもそも飛ばないでよ。
  と喉まで出かかった言葉を黒点虎は呑み込んだ。言っても無駄だと思ったからだ。
  かわりに大きなため息を当て付けがましく吐いた。


  「ほんと申公豹はいつもいつも…」
  「はい?」
  「…なんでもないー!」


  キミといるといつもいつも、どきどきするよ。いい意味でも、悪い意味でも。


  そう、申公豹に聞こえないように呟いて、黒点虎は主人と同じように葉っぱの上に寝転んで、寒空を見上げた。














 ―――――――――――――――――――――――――――――――
 通学中に落ち葉がこんもりしてて「おお!」ってなったので。
 申公豹が空から降ってくるってのはロマンですよね…!(同意を求めるな)


  Back