038 守りましょう




深夜のコンビニヘの道のりは不思議と気分がいい。


通りは賑やかな昼の顔から幾分静かな夜の顔になっていた。
この時間になると車もほとんど通らない。月明かりとネオンの中を、財布と携帯だけをもって歩いていく。
空を見上げると冬の大三角をなんとかみつけることができた。
他にもきっとたくさんの星があるのだろうが、都会の明るさでは見つけることができない。
たむろしている学生を横目に見ながら、コンビニの扉を明けた。


「ありがとうございましたー!」


缶コーヒーとチョコレート菓子を買って店を出る。さっきとなんら変わりのない、同じ道を歩く。
また冬の大三角を見ながら歩いていたからだろうか、私は向かいから歩いてきた男の異様な視線に気づくのが遅れた。
そして気付いた時には遅かった。


「っ…!?」


腕をとられ、細い路地に引きずり込まれる。固いコンクリートの壁に背中をたたき付けられ、息が詰まった。


「君、ひとり?」


30代後半くらいだろうか。身なりの整った小綺麗な男は落ち着いた声でそう問うた。
声も上擦っておらず、とにかく「普通」なことが気味悪い。
両腕を獲られてしまって身動きができない。


「放してくださ…っ、ぅ、ッ!」


必死に突っぱねようとするが相手の身体はびくともしない。
腹に一発決めてやろうかと蹴り上げた脚も空を切った。


「だめだよ抵抗しちゃあ。君だって楽に逝きたいだろ?」


片腕を解放した相手の手は、私の首に掛けられた。肌の感触を確かめるように触れたその手は、次の瞬間にぐっと私の首を絞めつけた。
苦しくて、顔がゆがむ。


「あはっ、かーわいいなぁ…学生?変わった髪色だねぇ。ハーフ?」
「や、ッぐ、ぅ…」
「答えられないか。ねぇ…もっと苦しそうな顔してよ、ほら。ね、ほらぁ。」


絞めつける力はどんどん強くなっていく。
時折力が緩んで、またぐっと強く絞まる。一気に息の根を奪うのは楽しくないとでもいう様に。
こわい。
頭に酸素が回らない。
視界が歪んで霞む。


「ろ、…し、っ」
「えぇ?なんて?よく聞こえないよ。」


人生何が起こるかわからないとはいうが、まさかこんな目に遭うとは。
出ない声で必死に貴方の名前を呼んだ。
こないことなんて百も承知だが、こんな時に呼べる名前があることは幸せなことだと酸欠の頭で思った。
こんな状況で幸せだなんて、笑えないけれど。
ああもう力が入らない。


「あれ。もう死んじゃったの?おーい、おー…――っが!?」


その瞬間、鈍い音が響いた。
首を絞めていた力が緩んで、私は一気に酸素を吸い込んだ。
まだ視界は霞んでいるが、私を襲っていた暴漢を殴りとばしたその人物を見間違えるはずもなかった。
せき込む喉を必死に押さえて名前を呼んだ。


「、老子…」
「はぁっ…はぁっ…大丈夫!?」


ぎゅうぅと強く抱きしめられる。
私と同じぐらい息を切らした老子の身体は暖かかった。
少し視線を横に向けると、さっきの男の身体とこぶし3つ分くらいの石が転がっていた。


「死…」
「んでない。殺してやりたいくらいだけど。」


ピピ、と老子が携帯を取り出して電話をし始めた。どうやら警察にかけているらしい。
私はその義務的な会話を、ずっと老子の腕の中で聞いていた。













「あー…疲れた。」
「…。…はい。」


私を襲った男はそのまま逮捕され、被害者の私も老子も事情聴取され、気付けば長い時間が過ぎていた。
それでもまだ空は真っ暗だ。


「も、もう大丈夫ですよ。」
「だめ。」


さすがに抱きしめるのは止めてくれたが、老子は私の手を握り続けていた。
確かに怖かったが私だって男だし、成人しているし、それに人通りが少ないからって手を繋いでいるのは少し恥ずかしい。
大体老子はなんでこんな時間にここにいるのだろう。


「老子。」
「ん?どうしてこんな時間にって?」
「え…あ、はい。」
「今日夜勤だった。休み時間にお腹が減ったけど店の中のものはもう食べ飽きたからコンビニでお弁当でも買おうと思って出てきた。そしたら遠目に君が見えて、引きずり込まれてた。」


肝が冷えた、と老子は呟いた。手を握る力が強くなる。


「え…じゃあ休憩時間って…」
「とっくに終わってるけど…まぁあいつだし大丈夫…多分…それに事情が事情だし。」
「すみません…。」
「どうして申公豹が謝るの。君はなんにも悪くない。」
「でも、」
「いいのいいの。それ以上言うんだったら口塞ぐよ。」
「なっ…」


そう言われてはなんにも言えず、私は老子に手を引かれたまま歩き続けた。
空にはやっぱり冬の大三角が瞬いていて、さっきのことが夢のようだった。





「で、職場にコイビト連れ込んだわけですかい、おにいサン。」
「だってしょうがないでしょう。」
「私はいいって言ったんですけど…っ」


私が送り届けられたのは、老子の職場…つまりはドラッグストアだった。
深夜営業のそこは30分に一人二人訪れる位で、今は客はいない。
かわりに迎えてくれたのは、いつになっても帰って来ない老子に業を煮やしていた雲中子さんだった。


「一人で大丈夫ですよ、老子。」
「だめ。」
「お、女の子じゃないんですから!」
「性別は関係ない。大事だから一緒にいるの、心配だから傍においておくんだよ。」
「う、」


なんでまたこの人は、こんなに自分を大事にしてくれるのだろうか。
それは気恥ずかしいがとても嬉しいとも思う。顔がほてる。


「はいはい、そこのバカップル。事情は分かったけど、取りあえずおにいサンは仕事してください。君の処理できてない書類、いくらあると思ってんの?」
「わかったよもう…じゃあね申公豹、寝ても良いから今日はここで過ごして。仕事終わったら一緒に帰ろう。」


そう言って老子は調剤室に入って行った。
雲中子さんと取り残されて、どうもいたたまれない気分になる。


「すいません、仕事中に…」
「いいっていいって。それより大変だったね。太上老君が君をここに連れてきたのもまぁわからなくもない。」
「…?というと…?」
「いいかい。家に帰って一人っきりになる。その瞬間、きっと君は怖くてたまらなくなる。さっきの恐怖を思い出してしまう。
それはすぐに消えるもんじゃないけど、事件当日…つまり今日くらい、誰かと一緒にいた方が気が楽だと思うよ。」


じゃあ私も仕事に戻るから休憩室を自由に使って、と言い残して雲中子さんも去って行った。
どうしたものかと思いつつ、私は鏡をみてはっとした。
首に男の手型がくっきり残っていた。赤黒くなって、気味が悪い。
急に悪寒が走って、足元から崩れそうになった。
けれど遠くから、老子と雲中子さんの仕事する声や物音がして、少しづつ平常心が戻ってきた。
半信半疑だったが、雲中子さんの言ったことは当たっているのかもしれない。
ひとりじゃなくて良かった、と思った。


休憩室には小さな仮眠用のベッドがあった。
気が高ぶっていて眠れなさそうだとは思ったが、体を休めるためにもそこにもぐりこんだ。
壁越しの仕事場の、小さなもの音と声。
何でもないその音に私は安心感を覚えて、ゆっくり、ゆっくりと夢の中に堕ちていった。

















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ハロウィンに書いたのにハロウィン全く関係なくてすいません。
深夜のコンビニへの道のりにテンションが上がるのは私だけでしょうか…。

 2011/10/31

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