041 全ての利益はあなたに
「骨折したぁ?」
頑丈にまかれた白いギブスに、吊られた右腕。
訪れた恋人の格好に、何があったのかと聞けば、寝ぼけて階段から転んだなどというあまりにもらしい理由が返ってきて、私は呆れた顔を隠すことができなかった。
何故よりにもよって利き腕なんぞ骨折するのか。それでは日常動作さえ不便だろう。
そんなこっちの心配をよそに、相手は「きょうの晩御飯は何作るの?」なんていつも通りの会話をしてくるものだから、私は彼の左腕を掴んで足早に玄関を飛び出した。
「え?ちょ、ちょっと申公豹?どこいくの!?」
「貴方の家にきまってるでしょう!」
もう行き慣れた道を走るように歩き、使い慣れた合鍵でマンションのオートロックを解除する。
相変わらず殺風景な部屋のソファに老子を座らせ、自分はキッチンに立った。
冷蔵庫を開けると前に自分が買いだめしておいた食材が手つかずで残っている。いくつかレシピを思い描いて、スプーンで食べれる物を調理しようと腕をまくった。
急なことに思考が追いつかないのか、きょとんとした老子がこちらを見つめて口を開く。
「わざわざこっちに来てくれなくても、申公豹の家で作ったもの食べたのに。」
「…。…そのあとはどうする気だったんですか?そんな腕では不便でしょう。」
「うん…?」
それがなに?といった様子で老子が返事をするものだから、私はううと小さく唸る。
本心なんて、言うのは苦手だ。
相手が喜んでくれる(多分)のはいいけれど、気恥ずかしくてたまらない。けれどたまには言わないといけない日もある。
たとえば、今日この日とか。
「で、ですから…っ、その腕が治るまで面倒をみると言っているのですっ…!」
「!」
ぱぁあ、と効果音が付きそうなほど老子の顔が輝く。
嬉しそうな声色で、ほんとに!?ありがとう、などと言われれば、やっぱり恥ずかしくなって私はそっぽを向いた。
こうして、老子の腕が治るまで私は老子の家に寝泊まりすることになった。
結局、晩御飯はシチューにした。これなら片腕でもスプーンで掬えるからなんとかなるだろう。
そう思って作ったのに、向かい側に座る老子は一向に口に運ぼうとしない。
具合でも悪いのかと問えば、にっこりと笑いながらこう言った。
「食べさせてほしいなぁ。」
…この男は私が何のために食べやすいものを作ったと思っているのだろうか。
言い返そうとする私に反論させまいとして、老子がずいと顔を近づけてくる。
いけない、この目を見てはいけない。
下がったな眦に、騙されてはいけない。
そんなこと百も承知なのに。
「ね…ちょっとだけ。いいでしょう…?」
百も、承知のはず、なのに。
少しさびしそうにそう言われたら無下にも出来なくて、私はしかたなく匙をもった。
これが惚れた弱みというやつだろうか。なんとも厄介なものである。
「…少しだけですからね。明日からは、ちゃんと食べてくださいね。」
「ふふ、ありがと。」
匙でシチューを掬って、口内に運ぶ。
ちろりと赤い舌が覗くと、なんとなく視線を逸らしたくなる。
ぎこちないわたしの仕草に老子はうっそりと笑い、そしてひな鳥のように口を開いて次を催促した。
成人男性二人が向かい合って一体何をしているのだろうかと思ったが、別に誰も見ていやしないのだから良いかと思いなおし、その思いなおした所で随分と毒されてしまっている思考に頭を抱えたくなった。
なんともいたたまれない夕食を終えれば、次の問題がやってくる。
風呂だ。
目の前の恋人に、面倒を見てくれるってことは当然洗ってくれるんだよね、と有無を言わせぬ笑顔で問われ、私は看病を申し出たことを激しく後悔した。
だって、そんな、こんなことになるなんて思わないではないか。
断ることもできるのだろうが、ここで出来ないなどというのも癪だ。
落ちつけ、なんてことはない。ただの看病だ。
ただの。
(――看病…じゃないですこんなの!!)
私は握りしめた泡だらけのタオルを投げつけたくなったが、すんでの所で留まった。
もこもこの泡がぼたぼたと床に落ちていく。
「っひ、ぅ…!」
「ねぇ申公豹、手が止まってるよ?」
くすくすと耳元で老子が笑う。
相手の身体を洗おうにも、下腹部を這いずりまわる手が気になってそれどころではない。
腰に巻いたタオルなんてまるで無視して入りこんできた指先が、まだ柔らかい性器をつつとなぞっていく。
「も…お、となしく…しててくださいっ…全然、洗えないじゃっ、ぁ…ないですか…っ」
「だって好きな子と裸で向き合って、何もしないなんて無理だよ。」
「そこをっ、理性で抑えるのが普通の、っあ、や…ぁ!」
「普通なんてしらない。」
焦らすような指が、一転激しく扱きだせば嫌でも性感は高まっていく。
快楽を逃がすように、相手の身体に縋るようにしがみ付いた。
泡で滑りやすい体は不安定で、無意識に強くしがみついてしまう。
「あっ、や…ん、んんっ…」
「ほら、申公豹、私の身体洗って?」
こんなことをしておいてまだ言うか!
洗わせる気など全くないくせに、本当に腹立たしい。
突き飛ばしてやりたいくらいだが、右腕が気になって乱暴なことも出来ない。
せめてもの抵抗として、ぎりぎりと爪を立ててやった。
「あいたたた…ひどいなぁ申公豹。」
「ひど、いのはっ…どっちですか…!もう、いい加減、にっ…あぁあっ」
おかえし、と尿道口に立てられた爪の刺激に、たまらず高い声が上がる。
籠った浴室内で大きく響いてしまったそれに、私は咄嗟に口を塞いだ。
とはいえそんなことをしても先程の声が消えるわけではない。恥ずかしくて頬が染まる。
「ん、ぅんっ…ふ…」
「だめだよ、声ころしちゃ…せっかくかわいいのに。」
「ぅるさ…っひ、…!」
「こっちきて?」
口調こそ疑問形だが、行動は強引だった。腕を引かれ、覚束ない足取りでばしゃりと湯船にはいる。
相手の身体に跨るような体勢で、顔を上げれば意地悪そうに笑う老子がいた。
嫌な予感がして身を引こうとするが、それより先に相手の手が動く。
ぐちゅりと入りこんできた指とお湯にぞわりと何かが背筋を走った。
「っあ…」
押し広げるような動きに体が跳ねる。
利き腕じゃないせいなのか、どこかぎこちない指の動きは焦れったくて、思わず腰が揺れてしまう。
それを老子が見逃すはずもなく、小さく笑う声が浴室に響いた。
「かわいい…」
「あっ、あ…や、ぁっ…お、湯が、」
「ん?」
「お湯、が…ひっ…きもち、わる…ぃ…!」
そう、気持ち悪さを言葉にすることで、快楽を逃がすのに必死だった。
そうでもしなければ浅ましく腰を振って、一人で昇りつめてしまいそうだった。
いつの間にこんなに貪欲な身体になってしまったのだろう。
ただはっきりと分かるのは、こんな身体にしたのは目の前の人物だということだけだ。
熱を孕んだ金の目を細めて、私の何もかもを翻弄する。
心も、体も、息さえも奪う。
「くっ…はぁ…っあ、ァ…」
「ねぇ申公豹…足りない…?」
「んぁあっ…あ…ろぉ、し…」
腕を伸ばして老子の身体を引き寄せる。
強い力に、ばしゃんとお湯が音を立てた。
足りない、指なんかじゃ。
それを伝えたくて、ぎゅうと一層強く体を抱きしめて顔を見た。
自分の、とろけきった顔が老子の瞳に映っている。
「…っ…老子、ろぉし…」
「っ…ずるいよ、申公豹は…」
「なに、が…?」
「そうやって…名前を呼ぶだけで私をたまらなくさせるんだもの…」
「そ、んなの…」
そんなの、貴方だって同じじゃないですか。
そう、なんとなしに呟いた瞬間、ぐっと老子の性器が押しあてられて、わけも分からないままに中ほどまで挿入された。
衝撃に息が止まりそうになる。
「〜〜〜っ…!?」
「ご、め…だって…そういうこと…言う、から…!」
「あっ…わけがっ…わかりませっ…ぁア…!やっ…ふぁあ…っ…」
何がどうしたというのか。指で焦らされていたのが嘘のように激しく突き上げられる。
自分の甘ったるい声と水音が浴室内に反響して、耳を塞ぎたくなった。
溢れる声を抑えようにも、いいところばかり突かれてはもうどうしようもない。
身体の内部を異物が行き来する違和感と、それを上回るようにせり上がってくる射精感。
「あっ、は、ぁっ…んんっ…!!」
「申、公…――っ!?」
歪んだ、女性のような声に耐えきれなくて、それを殺す最後の手段はあなたに口付けることだった。
貪る様な口付けにどちらともつかない唾液が顎を伝い落ちる。
とろける様な快楽に、そのまま絶頂まで上り詰めた。
「…怒って帰るかと思った。」
「放って帰りたいところです、が…面倒をみるといった以上、一応います。」
がしがしと、老子の濡れた髪を拭きながらそう言った。
なんだかんだで自分は老子に甘くなってしまったのだ。
このいい加減さも、怠け癖も、強引さも、優しも。
なにもかも…好きになってしまったのだから仕方がないではないか。
だから、私に出来ることはしようと思うのだ。
少々不本意なことでも、貴方のためなら、少しくらいは。
「すきだよ、申公豹。」
「…知ってます。」
「だいすき。」
「わ…私、も…」
「!!」
…そう、ほんの少しくらいは。
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うーん、だんだん申公豹のツン度が下がってきてますね、このサイト…(笑)
最初は、老子が「身体動かせないから自分で動いてね☆」って感じのエロを書こうとしていた
…はずなんですがどうしてこうなった。
もっと!申公豹を!(性的に)いじめたい、です!
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