*申公豹が感度が悪かったら、っていう設定です。

   049 嫌わないで







  申公豹の感度があまり良くないというのは付き合い始めの頃から良く良く分かっていた事なので、
  情事の時に反応が薄かったとしても特に驚きはしなかったし、気にもならなかった。
  あくまでもこやつは淡白なだけであって、全くの不感症ではなかったからだ。
  触れれば反応は返すし、刺激し続ければきちんと射精する。
  表情はちょっとしか変わらないし、声も少ししかあげないが、その「ちょっと」と「少し」を発見することが大きな喜びであり楽しみであった。
  そんな調子で申公豹との性交渉には不満もなければ退屈に思ったこともなかったのだが、相手はそんなこちらの事がどうも信じがたいらしく、
  ついに先日。


  「…つまらないでしょう?こんな身体。」


  吐き捨てるように、ベッドの上で申公豹はそう言った。
  先程事が終わったばかりなのに、自分とは違って声にも表情にも熱は残っていない様子だった。


  「何を言っておる。つまらんわけなかろう。」
  「だって、声だってあげませんよ。」
  「息を詰める声がわしは好きじゃが?」
  「そんなの声のうちに入らないじゃないですか。もっとこう…あるでしょう、男なら。思う存分相手を鳴かせたいとか。」
  「……あるのか…?」
  「私のことはどうでもいいんですよっ、…で、どうなんです。ないんですか?」
  「うーむ…」


  ない、といえば嘘になるだろう。
  もしも、申公豹があんな声やこんな声を上げるなんてことになったら、それはもう大変な事になるだろう。主に身体が。
  しかし、この場合大切なのは嬌声をあげるかあげないかではなく、それが申公豹であるかないかである。
  さっきも言ったが、わしは申公豹との性交渉には何の不満もない。


  「…もういいです。」

  思案して長く続いた沈黙を、申公豹はどう受け取ったのか。くるりと背中を向けて、寝る体制に入ってしまった。
  その晒された白い背中を抱きしめようかとも考えたが、機嫌を損ねそうだったので止めた。








  そんなやりとりがあった後の数十日後、突然わしのところにやってきた申公豹は、部屋に入るなり床に座り込んでしまった。


  「っどうした、大丈夫か?」


  気分でも悪いのかと、同じように床にしゃがんで両肩に触れる。


  「っ…!」


  すると、普段の申公豹からは考えられないくらい、触れた肩が跳ねた。  
  それに驚いたのはわしだけではなかったようで、申公豹は動揺したように顔をあげた。


  「し、」
 

  申公豹、と名前を発する事もなく、息を呑む。
  どく、と心臓の音が聞こえるかと思うほど鳴った。
  上げられた顔は上気して赤みを帯び、不安そうな群青の目は溶けそうなほどに熱を孕んでいた。
  吐き出される息さえ熱を帯び、あきらかに普通の状態ではなった。


  「…おぬし何をした?」


  咎めるように言えば、バツが悪そうに申公豹は視線を逸らした。


  「何か飲んだのか!?」
  「―――んん…ッ」


  答えない申公豹に苛立って強く体を揺すると、聞いた事もないような甘ったるい鼻声がもれて、驚いたわしはぴたりと動作を止めた。
  ぎゅっと目をつむったままの申公豹の額には、うっすらと汗が浮かんでいた。


  「ふ…く、ぅ……」

  
  額の汗をぬぐうと、切なげに眉が寄せられて、押し殺したような声がもれた。
  どう考えてもこやつが服用したのは媚薬の類だと思った。
  普段淡白な体がこんなになっているのだ。過多にを服用したとしか思えない。
  快楽というよりは苦しさが前面に出ているその身体を、恐るおそる触れる。
  頬から首、首から肩、肩から鎖骨。
  肌をなぞるたびに面白いほど反応が返ってきた。
  しかし、その一つひとつの動作は別の人物に触れているようでどうも落ちつかなかった。


  「…苦しいか?」
  「ぅ…ん、ぅ…」


  こくこく、と頷いた申公豹がこちらをみる。
  ゆっくりと瞬きを繰り返す目が、甘く歪んだ。
  躊躇いがちに伸ばされた指がこちらの服を掴み、皺を作っていく。


  「…たすけ、て…くださ…」
  「っ――!」


  今にも泣きそうな声で呟かれたその言葉に、考えもなく押し倒した。
  ずるずると服の上から手を滑らして、胸の突起に触れる。


  「っ、ぁ…あ…」


  一瞬で理性を奪うような声だった。
  夢中になって触れて、夢中になって鳴かせた。
  薬でどこか虚ろ気な瞳が、こちらを見る。
  声も、体も、いつもより大きな反応が返ってきているはずなのに、申公豹が今にもかき消えてしまいそうなほど空虚な存在に感じた。
  これは本当に申公豹なのだろうか。
  これは本当に申公豹が望んだことなのだろうか。
  穿った内部は蕩けそうに熱く、喰い千切らんばかりに絞めつけてくる。
  申公豹の腹にも、床にも、たくさんの白濁が散っている。
  聞いた事のない上擦った声で鳴き続ける申公豹に、胸は痛くなるばかりだった。







  「もうこんなことは二度とするな。」


  意識を飛ばしてしまった申公豹が、真夜中に目を覚ましたので、わしは開口一番にそう告げた。
  気だるげな眼がわしの顔を見る。もう薬の虚ろさはなくなっていた。
  少し開かれた口が、何も発せずに閉じる。
  何かを考えるように閉じられた目は、一分ほどしてまた開かれた。


  「…私は、間違っていましたか…?」


  掠れ切った声が、部屋に響いた。
  わしはその問いに答えを出さずに、黙って申公豹の言葉を待った。


  「…このほうが、良いと思ったのです。一杯感じて、声を上げて、一つになって。
   そうしたら、あなたは楽しめるだろうって。……私に、飽いて、しまはな…い…だろ…っ、て…」


  最後の方は、涙交じりの声だった。
  目の淵から溢れた涙が、肌を伝ってシーツに吸い込まれていく。
  泣き顔を隠しもせずに、天井一点を見つめて涙を流すその姿を、とても美しいと思った。
  流れ続ける涙を、指の腹でぬぐう。
  ゆっくりとこちらに向けられた視線に、胸が鳴った。愛おしくてたまらなかった。


  「ばかだのぅ、おぬしは。」
  「…バカとは何ですか、失礼な…。」
  「なぜ気付かんのだ。わしがいつ、おぬしとの情事がつまらぬと言った。わしがいつ、楽しくないと言った。」
  「言って…ません。けど…」
  「申公豹、セックスは一人でするものではない。わしだけが楽しくてどうするのだ。それでは強姦とかわらぬではないか。
   今日のおぬしはどうだった?あんな、薬で身体ばかり高められて、わしの目もまともに見れなくて、辛かっただろう?
   苦しかっただろう?そんなものを…わしが望んでいると思うのか…?」


  ゆっくりと触れた頬は、暖かかった。
  ああ、申公豹だと。目の前にいるのは、確かに申公豹だと感じた。


  「思い、ません…。」


  小さな声で、申公豹は返事をした。もう涙は流れていなかった。
  気恥ずかしげに逸らされた視線が可愛くて、わしは微笑った。
  む、と拗ねた表情を作りかけたその両頬を、ぱん、と軽く叩いた。


  「それにだ!飽くこともないから覚悟しておくことだ!
   わしはおぬしが反応を返す場所全て覚え込むまで、いや、覚え込んでも離しはせぬぞ!」


  にっと笑うと、申公豹が一瞬目を大きく開いて、今日一番の笑顔で泣いた。











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  日記にあげてた、やつの続きができたのでうp。
  なんか…最後が…恥ずかしい…(笑)
  太申でがっつりエロとか思ってたんですが、かなりあっさりエロでした。


   10/11/9

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