ピンポーン。
 ピンポーン。
 ピンポンピンポンピンポーン。
 …呼ばれて貴方の家まできたのに、出てこないってどういう了見でしょうかね。
  056 浅はかだと
 ため息を一つ吐いて、仕方なしに合鍵を突っ込む。
 始めからこうしておけば良かったと後悔した。
 だけども電話で呼ばれたら普通、開けて待っていてくれると思うではないか。
 「老子、老子。来ましたけど、どこに…。」
 いるのですか、と言おうとして止めた。
 というのも見慣れた浅葱の髪が奥の部屋でブランケットからはみ出しているのが見えたからだ。
 近寄ってみてみると、携帯片手に熟睡中である。
 …。…もしや寝ぼけて呼び出されたんだろうか。
 それにしては、電話の向こうの声がはっきりしていたと思うのだけれど。
 「老子!」
 ゆさゆさ(というような生易しさは無いかもしれない)と体を揺すってみる。
 暖かそうなブランケットも剥いでやる。
 首筋に外気で冷え切った自分の手を当ててみる。
 けれども反応はいまいちだった。
 全く何のために来たのやら。
 部屋を見渡してみると、相変わらず殺風景だった。
 けれども所々に、ネクタイがあったり、シャツがそのまま放置されていたり、バスタオルがほっぽってあったり、だらしなさが垣間見える。
 そのくせキッチンは片付いているのだ。なぜなら料理をしないから。もっと言うと私の家に食べに来るから。
 私より年上のくせに、だらしなくて。
 家事は全くできなくて。
 もう、ほんとどうしようもない人で。
 そんなところが愛しくて。
 …。
 ……。
 「あー…もう、今…すごくありえない事を考えてしまいました…。…。」
 撤回、撤回。
 それよりいつまで寝ているのだ、この薬剤師は!
 人がせっかく来たというのに!
 もう、ほんと
 「貴方ってどうしようもない人です。」
 体を揺する手を止めて、目を瞑ってまた、ため息。
 すると。
 「…そうだよ。」
 聞きなれた声が私の目を開けさせた。
 まだ覚醒しきってない老子は、私の最後の呟きだけが耳に入ったのか、返事を返した。
 「私は、どうしようもないんだよ。
 キミが居ないとね。」
 ぶぁ、と顔がほてった。
 なんだ。
 なんなんだ、今の。
 キミが居ないとダメなんだ、ということですか?そんな、陳腐な。
 陳腐なのに…。
 どうしてこんなに嬉しいんだろう。
 私の顔をこんなに染めた張本人は、また夢の世界に入ってしまっている。
 貴方と出会うまでは、こんなことは無かった。
 こんな気持ちは無かった。
 私がいないとダメだという貴方も、
 そんな言葉が嬉しくて今にも口が緩みそうな私も、
 なんて愚かなんだろう。
 私たちはなんて幸せな愚か者なのだろう。
 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 題名「浅はかだと」なのに愚か者で締めくくってどうするよ自分…(笑)
 思慮が足りないという点では、浅はかと一緒ってことで!だ、めですか…ort
 たまには申公豹が老子にめろめろでもいいじゃないかと思ったので出来た話。
  Back