058 でも いいのです
作業中にうとうとと机に突っ伏している方がまだマシかもしれない。
ここ最近の申公豹はほぼ徹夜のような状態がずっと続いていた。
作業台の上には遺跡のかけらやらなんやらがうず高く積み上がっていて、薄い手袋をした指先が器用に欠片を摘み、灯りにかざしては台に置かれていった。
霊獣はすでに眠ってしまい、部屋には作業をする小さな音だけが響く。
その中に、別の音が加わった。
「申公豹、まだ起きているの?」
「おや…老子。あなたこそまだ寝ていないのですか?ああ、寝過ぎて変な時間に目覚めましたか。」
「違うよ。もう。相変わらず口の達者な弟子だね、君は。」
部屋に入ってきたのは太上老君であった。
空も白んでこようという時間に、彼が起きているのは大層珍しい。
先に申公豹が告げた理由が違うのなら、それは寝不足の愛弟子を咎めるためなのだろう。
「今日は…というか、ここ最近まともに寝てないでしょう、申公豹。」
「もう少しで歴史の道しるべ≠ニやらの秘密が分かりそうなのです。邪魔をしないでください。大体私がこうするのを咎めるというのならば、貴方が知っていることを、お話になればよいのでは?」
本当は、なにもかも知っているのでしょう?
そう、ちらりと視線を向ける。しかし、太上老君は薄く微笑んだまま、口を開くことはなかった。
小さく溜息をついた申公豹は、また手元の欠片に視線を戻す。
「…ま、はなから貴方が喋るとは思っていませんが。それにこうやって推理をするのはなかなか楽しいのです――って、ちょっと!?」
身体が傾いだと思えば、申公豹の上半身は太上老君の腕に納まっていた。
ちょうど腹のあたりに顔が埋まっているから、息がしにくい。
ぷはっ、と息を吸うために顔を上げると、自分より大きな手がぽんぽんと頭を撫ぜた。
「な、んなんですかっ…まだ休みませんよ、私は…っ」
「じゃあ、休まなくてもいいからさ。私が寝るのに付き合ってよ。」
「はい?そんなの貴方一人で…っうわ…!」
いくら作業に神経が高ぶって眠気が来なかろうとも、身体は睡眠を欲しているのだろう。
事実、申公豹の動きは普段より格段に鈍く、群青色の大きな目の下は不健康そうに黒ずんでいる。
このままだと身体が持たなくなるまで作業するのだろうと思った太上老君は、愛弟子の身体をよっこらしょと抱き上げた。
ゆったりしたピエロ服の中身は華奢なものだから、そう苦労せずに持ち上がってしまう。
「っおろしなさい!自分で歩きます!!」
「歩けてもついてきてくれないでしょうー?」
いわゆるお姫様だっこ状態に、じたじたと申公豹は暴れるが、体力のなさそうな師の身体は意外と力があってびくともしない。
そうこうしているうちに、ぽすんと寝台に横にさせられた。
久々のふんわりとした寝具の感触に、申公豹は気分が和らぐのを感じた。瞼が一瞬重くなり、閉じる。
だが、上から重しのようにのしかかってきた師によって再び目を開くことになる。
身長が頭一つ分以上違うのだ、いくら細くても重い。
「重たいですよ、どいてくださいっ」
「だって退いたらまた部屋で作業しちゃうじゃない。」
「ああもう、わかりましたよ、もう今日は休みますからっ…」
ついに観念した申公豹がのしかかった身体を押すと、太上老君は笑みを深くして横へとずれた。
圧迫がなくなって肺腑の奥まで息を吸う申公豹の頭に、また手が伸びていく。
「いい子いい子。」
「〜〜〜っ子ども扱いしないでください!!!」
その後、怒って飛び出そうとする申公豹をなんとかなだめて寝台に再び招き入れるまで、小一時間かかったとか、そうでないとか。
けれど太上老君は思うのだった。
どんなに君が怒ろうとも、疲れきった身体を休ませてくれるのならそれで構わないのだ、と。
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紂王戦前ぐらいのつもりで。寝不足申公豹。
のはずなんですけど、あれ…あんまり寝不足感がない…(笑)
姫だっこと頭ぽんぽんは正義。
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