「あらん、申公豹ちゃん…ピアスの色変えたのん?……しかも片方だけ。」
「えっ、あ…いえ、これは…っ…」
何故自分はこういうときに限ってポーカーフェイスを作れないのだろうかと苦々しく思う。
例えばそれは質問をした相手が妲己だったからか。
もしくは気付かれると思っていなかったからか。
…あるいは、その質問の延長線上には「彼」がいるからか。
061 私が存在するのなら
申公豹と妲己はキャンパスを並んで歩いていた。
学部も違う、サークルも違う、通学の電車が被っているわけでもないが、二人の仲は良かった。
一言で言うと馬が合う。
妲己はいつも申公豹に面白いことを…厄介ごとも多いが…運んできてくれるし、もちろんその逆も成立している。
妲己はその美貌とカリスマ性、申公豹は珍しい容姿と孤高さで、とにかく大学内で浮きに浮きまくっているこの二人は
仲良くなるべくしてなった、と言っても良いのかも知れない。
もちろん二人からしてみれば、浮いてる浮いてない等は関係なくて、一緒にいて楽しいから自然と仲良くなった。それだけなのだが。
「これはぁ?」
「で、ですから…これは…っ」
「やぁ、もう申公豹ちゃんてば焦れったぁいv」
話は元に戻って。
申公豹と並んで歩いていた妲己は、申公豹が耳に髪を掛けた瞬間に見えたピアスの色に疑問を持ってそれをぶつけた。
申公豹のピアスの色は今までずっと瞳と同じ群青色――ラピスラズリのシンプルなピアスをつけていた。
邪魔にならないし飽きもこないから気に入っている、と申公豹が嬉しそうに話していたのを妲己は覚えている。
故に、ピアスが変わっているのを不思議に思ったのだった。
しかも、申公豹を向き直らせて良く見れば、変わっているのは片方だけ。疑問は膨らむばかりである。
「ぅ…、…」
嬉々とした表情で質問の答えを聞きたがっている妲己を前に、申公豹は焦っていた。
本当の理由を言うべきか、言わぬべきか。
ここで、「そういう気分だったので」なんて適当に答えを作って返事をしても妲己は絶対に納得しない。
しかし。
しかし本当の理由を話すのは、なんともいたたまれない。
うー、と申公豹が唸っていると、妲己は手をポンと叩いた・
「あー!わかったわん、恋人ねー?」
「こっ…!?」
「そっちのピアスの色は恋人の瞳の色か何かで、」
「ち、違…」
「これ私だと思ってつけてvとかなんとか言われて、」
「妲己っ…」
「申公豹ちゃんの片方のピアスはその恋人の耳に付いてるんじゃないのーん?」
「そんなわけっ…!」
そんなわけ、ある。
妲己が(恐らくは)「彼女」と思っている恋人を「彼氏」に変えればなんとまぁ文句なしに大正解である。
事の発端は昨日の夜。
太上老君が仕事帰りに申公豹の家にやってきた時まで遡る。
「やっぱ申公豹の料理はおいしいよねー。」
ただいまぁ、と自分の家よろしく申公豹の家に入ってきた太上老君は、もうすっかり遠慮する様子もなくリビングのソファに腰を下ろし、
始終笑顔のまま夕食を頬張っていた。
夜勤じゃない日は大概申公豹の家によって、夕食をご馳走になるのがここ最近太上老君の習慣になっている。
ご馳走に、とは言っても、太上老君は定期的に申公豹に「食事代」を払ってはいる。
しかも太上老君の金銭感覚が人と違っている(これでも医者夫婦の元で育った相当のボンボンである)為に、
ぎょっとするような金額だったりする。
こんなにいらない、と言っても、いいのいいのと太上老君は譲らないので、申公豹はもう大人しく受け取ることにしていた。
「あ、申公豹、はい、これ。」
「なんです?」
突然食事を中断した太上老君が、なにやら申公豹に手渡した。
渡された包みを開けると、ピアスが一組入っている。
ぽかん、と口を開けて申公豹がそれを見ていると、太上老君がまた料理に箸を伸ばしつつ話した。
「食事代、渡すと申公豹困った顔するでしょう?たまにはお金じゃないほうがいいかと思って。」
ありえない。
お金じゃないほうが良いって…これ絶対お金で渡すよりお金掛かってるじゃないですかッッ!
何でもにない事のように喋る太上老君とピアスを交互に見て、申公豹は内心で叫んだ。
ピアスはピアスでもただのピアスじゃない。
品質保証書までばっちり付いた、トパーズのピアスだ。
「貰えませんよっ、こんな高そうなの!」
煮魚を味わっている太上老君の前に、申公豹はつき返すように包みを差し出した。
ごくん、と口の中のものを飲み込んだ太上老君は、その台詞を待ってましたと言わんばかりにクスリと笑った。
「そー言うと思ったよ。申公豹謙虚だし。」
謙虚ではなくてあなたの金銭感覚がおかしいんです、と申公豹は思った。
「だからさ、申公豹のピアス片方ちょうだい?」
「は…?」
…なんでそうなる。
ツッコミたいのにツッこめないまま太上老君の話はどんどん進む。
「それで、片方はこのトパーズ付けて、もう片方は今のラピスラズリのままにしてほしいな。」
「ですからなぜ!」
「半分あげて半分貰ったら、あんまり高いもの貰った気にならないでしょ?」
なんだその理屈は。
確かに気分は楽になるかもしれないが…っていや違うだろ。
太上老君は時々意味の良くわからない理屈で申公豹を流そうとする。
なぜそんな意味のわからない理屈で流されてしまうのか申公豹は疑問に思っているが、つまるところ惚れているから、
であることには気付いていない。いや、認めたくないのかもしれない。
「…そこまでして私がこれを受け取る意味はあるんですか?」
「あるよー、だって私たち恋人同士でしょ?」
「…。……。………。」
申公豹は額に片手を当てて息を吐いた。
ようやく太上老君の提案の出所に合点がいった。
ようするに、「食事代」にかこつけて、ペアリングとかペアウォッチとか、それ系のことがしたいのだろう。
そういうことなら始めからそういえば良いのに…とか思ってしまった申公豹は自分で自分の思考回路に呆れた。
あきらかに感化されている。
前ならペアで何か持とうなどと言われたら「さむい」の一言で一蹴したはずなのに。
太上老君という存在は申公豹が思っているよりも大きな影響を、申公豹に与えているようだ。
それが良い意味でか悪い意味でかは謎だが。
「まぁ…いいでしょう。片方あげます。」
ほら、やっぱり流されてしまう。
それでも嫌な気分がしないのは、相手が太上老君だからなのだ。
「ありがと、大事にするよ。」
「……そうしてください。」
殺菌作用のあるウェットティッシュで拭いてから、申公豹は自分のピアスをころんと太上老君の手のひらに転がした。
太上老君はそのまま嬉しそうに、自分が付けていたピアスを外して申公豹のピアスとトパーズのピアスを付け直した。
こうして申公豹も太上老君も、片方の耳にはラピスラズリ、もう片方にはトパーズのピアスを付けたのである。
拒否しなかったものの、いざペアで付けてみると気恥ずかしいやら何やらで、申公豹は耳を隠すように何度も髪を撫で付けていた。
「ねぇ、なんでトパーズにしたかわかる?」
ずず、と味噌汁をすすりながら太上老君が楽しそうに問いかける。
申公豹はそれっぽい理由に思い当たって苦い顔をした。
トパーズは黄色の石。
静かで、優しくて、どこか強い、色。
太上老君の瞳の色も、同じような色をしている。
「私だと思って、つけて。」
やっぱり。
申公豹の考えていたことは当たっていたようで、よくもまぁそんな恥ずかしいことが言えるな、と顔が熱くなった。
頬を赤くして黙り込んでいる申公豹を見て、太上老君がクスクスと笑う。
ごちそうさま、と箸を揃えた太上老君は、向かいのソファに体を伸ばし、
今しがた付けられたばかりのピアスが光る申公豹の耳に唇を落としたのだった。
とまぁこんなことがあった訳である。
台詞まで言い当てられるとは、太上老君の台詞がよっぽど陳腐だったのか、それとも妲己が鋭いのか。
「なんでわかったんです…?」
「恋人」が出来たことはバレていないと思っていた申公豹は、正直妲己にバレたのがショックだった。
普通なら隠さなくてもいいのだが、相手が男である以上オープンに言うわけにもいかない。
自分の態度は何処かおかしかっただろうかと不安になって、申公豹は妲己に聞いた。
すると。
「あらんっ、本当にそうなのん?」
麗しい目を見開いて、妲己は驚いた。
どうやら本当にピアスが変わった理由がそうだとは思っていなかったらしい。
「えっ…」
「やぁーんショック!わらわの申公豹ちゃんが取られちゃったわーん」
「だ、妲己!!あなたカマかけましたねッ!?」
「かけてないわよん、冗談言ったら当たっただけよんv」
そう言って、焦る申公豹の肩を手入れの行き届いた爪でちょんと突くと、妲己は申公豹にウィンクを寄越した。
「そ・れ・と、安心してvわらわ口は堅い方だからv」
「先ほど某教授の女性遍歴を吹聴しまくっていたのはどこの誰ですか…っっ!!」
申公豹ちゃんの秘密は守るわぁ〜、と楽しそうに笑う妲己の横で、申公豹の染まった頬はいつまでたっても元に戻らなかった。
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えー…、ただのバカップルです!
お題消化してるのかは怪しいですが、いちよう「(ただの無機物にも)私が存在するのなら(それでも君を愛すだろう)」
みたいな感じで。
どんな姿でも君を愛するよってこt…うっわ、さっむー!!(笑)
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