066 あなたの思いのままに


 「…?」


 突然体の動きが鈍くなった。
 重い体をなんとか動かして後ろを振り向くと、老子が傾世元禳をまるでシーツか何かのように引きずりながら立っていた。


 「…何の真似ですか。」


 どうやら口は動くようだ。
 淡く発光している宝貝の様子からみると、自分の体がこうも動きにくいのは老子が宝貝を発動させているかららしい。


 「へぇ、やっぱりキミを精神から支配するのは無理なんだ。」


 つまらないなぁと続けながらも楽しそうな様子で老子が言う。
 妲己が面白半分に私にテンプテーションをかけようとしたことが大分前に一度だけあったが、その時は身体もなんともなかった。
 今こんなに身体能力が制限されているという事は、やはり宝貝も使い手次第ということなのだろう。


 「私だって、精神ごと支配されるほど落ちぶれてませんよ。」
 「うん、そこまで期待はしてなかったんだけどね、万が一なったら面白いかなぁと思っていただけで。」
 「何が面白いものですか。」
 「面白いじゃない。申公豹に普段は言ってもらえないあんなことやこんなことを言わせることができるなんて。」
 「あほですか貴方は…」


 何が楽しいのか頬を緩ませまくっている老子の顔を私は呆れ顔で見つめた。
 それよりも早く術を解いてほしい。身体が動かしにくくってしょうがない。


 「うん、でもまぁ…これはこれで…」


 なにやらブツブツと呟いている老子に術を解くよう催促しようと口を開こうとした時、


 「えい。」


 軽妙な掛け声とは裏腹に、ぐ、と身体に重圧がかかって自分の意志とは関係なく足が動きはじめた。


 「なっ…」


 2歩3歩と体が動いて、老子にどんどん近づいていく。
 身体に力を入れようと試みても、小さく抵抗が生じる位で自分で自分の体を動かすことが出来ない。
 もうすっかり老子の顔が目の前に来てしまっていた。


 「ちょっと、いいかげんに…」
 「口は悪いけど身体は素直って…そそると思わない?」


 思いません!と叫んだが、老子は楽しそうに笑うばかりだ。
 手や腕が勝手に動く。
 その気もないのに服に手をかけ、上着を脱ごうとしていた。


 「老子っ…!」


 咎めるように名前を呼ぶが、老子はまだ笑っている。
 パサリと上着を床に落とした自分の手が、あろうことかズボンにまで手をかけ始めたので流石に焦った。


 「っい、いかげんにしてください…!老子っ」
 「まぁまぁそう怒らない。どんなに怒ったって、キミの体は私のものなんだから。文字通り、ね?」


 傾世元禳を体に巻きつけた老子が、ふ、と声を漏らして微笑った。
 その笑みが何とも壮艶で、体がさらに強張ったような気がした。
 声も出せずにずるずると不本意にズボンを脚から引き抜き、下着にまで手をかけ、ついにはまだ日も高いというのに一糸まとわぬ姿になってしまった。


 「…。…ほんとに何がしたいのですか…。」
 「ん?いや、いつも良く見ているようで、意外と見ていない様な気がしてね。」
 「何が…」
 「キミの身体。」


 あれだけ今までやりたい放題してきたくせに今更私の身体を見たいなんてどういう了見なのか。
 怒りを通り越して呆れてしまう。
 金色の目がじっくり、それはもう穴があくほどじっくりと私の身体を見ている。
 そんな特別変わったものでもない男の身体を見て何がそんなに楽しいのか。
 これで冗談の一つでも言ってくれればいいものを、見つめてくる瞳が真剣そのものなので恥ずかしくてしょうがない。
 じっと見つめているだけだった老子の手が動いて、鎖骨の間に左手の人差し指がぴたりと触れた。
 そのままするすると、指が下がって、へその上あたりでまたぴたりと止まった。


 「あ、の…いつまで…」
 「申公豹さぁ…」


 私の問いには一切答えないで、のんびりとした声が私の名を呼んだ。


 「綺麗…」
 「はぁ?」


 一級の美術品でも眺めるように、ほぅと息を吐いてそう言った老子に、ついに頭が湧いたのかと心配した。


 「だって、5000年以上経ってるんだよ?それなのに擦り傷一つないし、玉の肌とはまさにこういうことを言うんだね。」
 「あなたに言われたくないのですが…」


 私よりも長生きしているくせに、老子だって身体に傷一つ付いていないはずだ。
 大体こんな顔の整っている美人に綺麗だのなんだの言われても嫌味にしかきこえないではないか。
 そう思っている間にも老子の指は腹や肩を撫でていく。
 裸にされている羞恥心と、むず痒い感触に、変な気分になってくる。


 「ろ、老子…もういいでしょう?服を…」
 「だめだよまだ見たいもの。それに本来の目的を果たしていない。」
 「…本来の目的?」


 まだ何かする気なのかと顔が強張った。
 こんな状況で「本来の目的」なんて、自分に利益のあることであるはずがない。
 おいでおいで、と手招きされる。
 おいでもなにも、私の身体は老子が操っているのだから、私には抵抗のしようがない。
 老子の後を付いていくと、寝台の上に座らされた。


 「…老子、今止めたら怒りませんから術を解いてください。」
 「うーん、今日は譲れないなぁ。」


 今日も、の間違いだろうと思ったが、それを口にするには驚きが大きすぎた。
 手が、ゆるゆると足の間に動いていく。
 悪い予感は的中したようだ。


 「ちょっ…!?」


 老子を睨みつけるが、状況は一向に好転しない。
 ゆっくりと伸ばした手は、まだ何の反応も示していない性器に触れた。
 ここまでされて何をさせられるか分からないほど鈍くもない。
 強制的に自慰させられるなんて、考えただけでも頭から湯気が出そうだ。


 「変態ッ…」
 「だって見たことないんだもん。」
 「見せないですよ、普通!?」
 「だから、見たい。」


 にっと老子の口角が上がる。
 それが合図であるかのように、言う事を聞かない右手がゆるゆると性器を弄り始めた。


 「い、やだ、っ……」


 立てた膝を閉じようにも閉じれない。
 余すとこなく見られてしまっている。
 自慰なんてもう前したのがいつだったのかすら覚えていない。
 元々性欲には疎い方だったし、老子とこんな関係になってからはする必要すらなかったからだ。 
 そんな久しぶりの行為をまさかこんな形ですることになるなんて。
 恥ずかしくて死にそうだ。穴があったら入りたい。
 せめてもの救いは、身体を操られているから全ての責任を老子に押し付ける事が出来る事くらいだろう。


 「ぁっ…やぁ…」
 「嫌じゃないでしょう?自分でしているのに。」
 「ちがっ…!」


 体を操っておいて、恥ずかしがらせたいのか、老子はそんな意地悪を言う。
 自分で動かしていないと分かっているのに、変な錯覚を起こしてしまって…もう本当に止めてほしい。


 「ん、んぅ…っ…」
 「顔、真っ赤だね。」
 「うるさ…あ、たりまえ…っ…ひぅっ…ですっ…!」


 こんなことされて恥ずかしくない奴がいるものか。
 身体は相変わらずいう事を聞かなくて、敏感なそこを弄り続けている。
 手の感触は確かに自分のものなのに、操っているのが老子だからか、彼の触り方に良く似ている。
 決して激しくはないのに、無駄がなくて、意地悪で、いやらしい。


 「…きもちいい?」
 「あ、ぁっ…は…、そんな、わけ…ないっ…ぅあッ…」


 うそ。
 うそだ。
 気持ちよくてたまらない。
 快楽で頭が上手く回らない。目の前も、潤んでよく見えない。
 あふれ出た液がどんどん手を汚していく。
 三角座りをした脚も微かに震えだして、つま先がシーツをひっかく。
 気持ちいいかどうかなんて、きくまでもないことなのに。
 わざわざ言わせたいのだろうか。本当に老子は性質が悪い。


 「ああ、そうか。キミはこっちが好きだったね。」
 「っ…!?」


 ふ、と微笑った老子は、その白く長い指先で、私の敏感な先端に触れた。
 爪まで彫刻のように美しいその指が、尿道口にぴたりと当てられて、ゆっくりとそこを弄りだす。


 「っひ、や…やめっ…」
 「好きでしょう?ここ。」
 「ろぉしっ…!やめ、おねが…っひぅ…!」


 くぷ、と尿道口を広げるように指を動かさせる。
 痛いような、むず痒いような感覚が身体をこわばらせて、快楽の底に突き落とす。


 「ふ、…っく…」


 ひっきりなしに溢れる液体を掬っては塗りつけられる。
 緩慢なその動作と対照的に一度大きく擦りあげられて、もう我慢できなかった。

 
 「っぁ、アッ…!」


 老子の手とシーツに白濁が飛び散る。体は糸が切れたようにそのままベッドに倒れ込んだ。


 「ああ、結局私がイかせちゃった…。申公豹に自分でイってもらうと思ってたのに…。」
 「ばかっ!!も、いい加減にして…っひ、」
 「まぁいいか。まだこっちがあるもの。ね?」
 「や、いや…いやですってばぁ…!」


 く、と手が奥まで滑り込む。
 足を少し開いて、まるで見せつけるような体勢で、自分の指が後孔に飲み込まれていく。


 「い、た…」


 濡らすものが何もないそこは滑りが悪くて、擦れる痛みだけが生み出される。
 それを見かねた老子が何処からか軟膏の様なものを持ってきて、ひくつくそこに塗りつけた。


 「ひっ…こ、れ…なんです…!?」
 「大丈夫、大丈夫。ただのワセリンだよ。」


 変なものなんて入ってないから、と信じていいのかよく分からない笑顔で老子が言う。
 といっても、これがワセリンであろうが他のなにかであろうが、身体を支配されている自分にはどうすることも出来ないのだが。


 「ほら、これで痛くないでしょ?」
 「そういう、問題じゃ、ぅ、ありませ…っ…ぁ、うっ」


 ぬる、と指がもう一本入っていく。
 なんで自分で自分の中に指など入れなければならないのかと羞恥で死んでしまいそうだった。
 しかも、今まで知らなかったけれど(そして知りたくもなかった)、自分の其処はなんて…貪欲なのだろう。
 引き抜きかけた指を追いかけるように、きゅうぅと其処は良く締まる。
 そんな身体が疎ましくて、しかもそんな姿をこんな間近で見られているなんて信じたくない。
 泣きたくもないのに勝手に目頭が熱くなって、視界がぼやけた。


 「っ、ふ……」
 「え、し、申公豹…っ?」


 ぼろぼろと目からはどんどん涙が溢れてくる。
 恥ずかしいのと悔しいのがない交ぜになって、止めようにも止まらない。
 老子が焦った声で私の名を呼んで、次の瞬間には身体からふっと力が抜けた。
 どうやら宝貝の力が切れたようだった。
 目の前には困ったような顔をした師の顔があった。冗談じゃない、困っているのはこっちの方だ。


 「…ちょっと苛めすぎちゃったかな?」


 抱きしめて、なだめるように背を叩いてくる老子が憎らしくて、近くにあった肩口に思い切り歯型を付けてやった。
 いた、と声をあげて跳ねる体にざまあみろと思っていると、金色の目がこちらを覗きこんできた。
 ゆっくりと細められる、獣のような金色。


 「な…なんです、?」
 「んー…?いや、反抗してくるから、もっといじめてほしいのかなぁと思って。」
 「なっ…ちがっ…!」


 にっこり、と微笑む顔に悪寒しか走らない。
 大人しくしておけばよかったと思ってももう後の祭り。
 掴まれた片脚に驚いたのも一瞬で、身体の奥まで一気に穿たれた。


 「っひ…や、ぁアッ…!」


 術がとけて、身体が自由になったら。
 老子の身体を突き放して逃げようと思っていたのに。
 私の腕は宙を彷徨って、結局老子の広い背中にたどり着いた。
 鮮やかな橙色の服が手に触れて、そういえば老子はほとんど衣服が乱れていないのだと思うと一層恥ずかしくなった。


 「ん、ぁ、あっ…やぁ…」
 「…いや?」
 「ちが、ちがぅ、…ぃや…」


 わざわざ動きを止めて聞いてくるのだから本当にどうにかしてほしい。
 もっと欲しいに決まってる。
 でもそんなこと言えやしない。


 「いや?ちがう?ねえ、どっち…申公豹。」
 「ふぁ…っ」


 質問の合間にワンストローク。私がもっと欲しくなるように。
 老子はそんな細工を仕込んでくる。
 繋がっている部位が疼いて、老子の端正な顔が一瞬甘く歪んだ。
 疼いて、熱くてたまらない。どう言葉で伝えていいのかも分からずにただ目の前の金色の目に訴えかけた。


 「老子、ろうしぃ…」


 蜂蜜のような金色の中に、とろけきった自分の顔が映っていた。
 幼子のように名前だけを呼び続ける私を、老子が嬉しそうに見ている。


 「しようがないね、本当に…。」
 「んんっ…ぁ、は…!」


 息を吐くようにそう耳元でささやかれた後は、もう水音ばかりが響いていた。
 昼間から何をやっているのだろうと我に返るけれど、内壁を擦りあげられるたびにそんなことどうでもよくなってきた。
 私はあなたしか感じていなくて。
 あなたは私しか感じでいなくて。
 それで良いのではないのかと思った。





 あの後意識を失って、ようやく身体も動かせるようになった私はランタン片手に老子の傾世元禳を引っ掴んでやった。


 「…申公豹、それ…」
 「いえ、この宝貝、燃やし尽くしてやろうと思いましてね。」


 ふふ、と微笑んで炎をかざす私に、老子が必死の形相で宝貝を取り返そうとしたのは、また別のお話。









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 ずっと書きたかった傾世元禳ネタ!
 風邪ひき申公豹が妲己にテンプテーションで悪戯されるとかも考えましたが流石にアレすぎるかとおもってボツりました…ヘ(゚∀゚ヘ)
 申公豹って雷公鞭右手でもってるから右利きで良いんですかね。
 だから右手にしたんですけd…こういうくだらないことばかり考えてるんですよ、はいはい乙乙。
 
 にしても申公豹目線で書いてると、たまにさらっと惚気られてて笑えます…(笑)
 

 11/3/31

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