068 時間だって止めてしまいたい





  カーテンから差し込む光で目が醒めた。 
  小さく唸って伸びをすると、こつんと手に何かが当たったので眠たい目をこじ開けて見てみると白金の頭が見えた。


  (おや。)


  これは珍しい。
  申公豹が私より先に起きていないなんて。
 

  白金の髪はそれはもう綺麗に枕に広がっていて、気付けばはねている私の髪とは大違いだ。
  ゆるゆると手をのばしてそれを一房摘み、指を離すとさらさらと綺麗に落ちた。
  ただそれだけのことにどこか嬉しくなる。


  (なんでかな、この子の髪だからかなぁ。)


  小さく笑いながら私とは反対を向いている愛弟子の髪をなで耳に触れ項に触れた。
  頼りなげな肩が一度ひくんと一度跳ねて、また何事もなかったかのように呼吸をし始める。


  (おかしいな…これぐらいしたら起きるはずなのに。)


  シーツの上でことんと首を傾げる。
  この子といったら人の気配に嫌に敏感で、昔(もーそりゃあ何世紀も昔)に比べたら大分慣れてくれたようだけれど、
  それでもこんなに触ったらすぐ起きる。そして私には可愛いとしか思えない、むすっとした顔で怒るのだ。
  それなのに今日は、どうしたというんだろうね。


  不思議に思いながらも、この状況を美味しいと思っている自分がいる。
  背骨を一つ一つ確かめるように服の上から指で辿るとまた少し申公豹の体が揺れた気がした。それでも、抗議の声一つ聞こえない。


  (…ああ、これはきっと)


  起きているのだろう、と思った。
  根拠も確証もないが、きっとこの子は起きているのだ。そういうことにしておこう。
  さぁ、そうだとしたら起きているのにいつもみたいに拒まれないのはなんでだろう。
  なんでだろう、なんでかなぁ。まさかの誘惑?
  …それはないか。


  するすると指が背中を往復するのにも飽きてきたので、少し遠いかなぁと思い始めていた体を申公豹に寄せた。
  首筋に顔を埋めると冷たい色の割に柔らかい髪が触れてくる。透けるように白い首筋に唇を寄せて、形の良い耳にふぅと息を吹きかける。
  細い体が幾度目かの揺れを起こして、また動かなくなった。


  「…ねぇ、起きてるんでしょう?」


  ついに痺れを切らして、呟いた。
  それでも愛弟子はうんともすんとも言わない。
  鼻筋から柔らかい唇に指を滑らせて、そのまま首筋をゆるく掴む。
  頸動脈から心地よい音が伝わってきたのを確認して、そのまま胸まで手を降ろしていく。
  心臓の音は感じるけれど、当たり前だが彼の心までは流れ込んでこない。
  今日は一体、どうしたの。
  起きてるんでしょう?
  ねぇ、そのままでいるなら、私は君に、


  「…何するかわかんないよ?」


  ぎくん、と体が強張ったのがわかって、笑いそうになってしまった。
  プライドの高い君は、それでも寝たふりを続けるのだろうか。


  下腹部まで手をのばして、下着の中に侵入しようとしたところで、ついに体が動いた。


  「っ…!!」


  これ以上の侵入を阻止するように、私の手に白い手が重なる。
  その手に力がこもる前に目的地まで到達した私の指は、悪戯にそこを撫で上げた。


  「…ゃ、め…」


  寝起きで掠れた声が溢れて、震える白い手が私の手にキリリと爪を立てる。
  薄く開いた両の瞳が、咎めるようにこちらを見た。


  「んっ…ぁ…なし、てくださ…」


  止めようとしない私の手を必死に掴む、その手も体も震えている。
  …かわいいなぁ。


  「申公豹、どうして起きてたのに無反応だったの?いっつも怒るじゃない。」


  だんだんと乱れていく愛弟子とは反対に何事も無いかのように振舞ってみる。
  そうやって、余裕なところが嫌いなんです!なんて、またこの子に言われてしまいそう。
  別に余裕なわけじゃないよ。
  だってどんな時よりも気分が高まるもの。
  いつだって必死なんだ。
  君を閉じ込めてしまわないように。

  
  「ぁ…っ、はぁ…言い、ませ……っ」


  もうすっかり濡れてしまった私の指に、震える白い指が絡んでくる。
  そういうことされると、余計にこう…クるんだけど…。


  「ん、ぁアッ…!」


  爪を立てると一層高く声があがって、泣きそうになった顔を枕に隠してしまった。
  そうしてしまうと、かわいい声もくぐもってしまう。
  そんなのどっちも勿体無いから、私は起き上がって、申公豹に覆いかぶさった。
  ほら、こうすれば、顔をこっちに向かせられる。


  「なっ…最後まで、する気です、か…!?」
  「そうだよ。」
  「まだ朝…じゃ、ないで…ぁ、あァっ……」


  もうすぐ昼がきて、そのあとすぐに夜になるよ、なんて屁理屈を吐いて赤い唇を塞いだ。
  蕩けそうな体内に入ってしまえば、もうこの子が何で寝たふりをしていたのかなんて、どうでも良くなってきた。
  あったかい。
  このまま、
  このまま…?
  その後にどんな言葉をつづけようというんだろう。
  このままなんて有り得ないのにね。


  「ぅ、あ…っろ…ぉし…老子…っ」


  それでも、このまま。
  溶け合っていられたらいいのに、なんて。
  ここまでくるとビョーキだね。


  背中に回った白い腕が、必死に爪を立ててくる。
  群青の潤んだ瞳がどこか物欲しげにこちらを見ている。
  私はその瞳の中に彼が言葉では絶対に発しないであろう「もっと」を見出した気がして、嬉しくなった。


  「申公豹、」
  「ぁ、は…っ……」
  「すきだよ。」
  「っ…ぅ…るさ…ァあっ…!」
  「すきだ。」


  そう言って微笑むと、もともと赤くなっていた頬をもっと赤く染めて、背に一層強く爪が立てられた。


  私はね、寝ても覚めても頭の中に君がいるんだ。















  「…。……触っても話しかけても無反応だったら…つまらないでしょう、貴方も。」
  「へ…?」


  結局あのままどっぷり事に及んでしまった。 
  すっかりつかれてシーツに埋もれたままの申公豹が、ふいに呟いた。
  ――ツマラナイデショウ、アナタモ――
  言われた言葉を反芻して、にやける口元を押さえた。
  貴方、も。
  も、ってことは、つまらなかったんだ?申公豹は。
  私が眠ってるときに無反応でつまらなかったから、そのつまらなさを私にも味合わせたかったわけだ。
  なるほど。それで寝たふりしてたわけか。
  なるほどねぇ。


  「っ…クスクス……」
  「な、笑うところではありませんっ」
  「いや、だって…」


  なにそれ、かわいすぎ。
  言わないって言ってたのに、結局教えてくれるし。
  

  私たちは永遠を生きる。
  留まる永遠ではなく、進む永遠を生きる。


  それでも今この瞬間ばかりは、時が止まってしまえばいいのにと思って。
  白い体を抱きしめた。







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  申公豹で遊ぶ老子、ってのがコンセプトだったはずなんですがだんだんズレ…
  しかたないので無理やりタイトルと繋げることにしました(笑)
  あいかわらずの話…


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