幼子が死んでいた。
棒のように細く白い腕が、女物の服をかき抱いている。
申公豹はそれを何の感慨もなく見ていた。
ただふと疑問に思ったのは、なぜこの幼子はそんなものを抱いているのかということ。
076 抱きしめて
人間界をふらふらと歩いていると、申公豹がふと足を止めたので、黒点虎もそれに従って止まった。
主人の視線の先には小さな女の子が倒れていた。否、死んでいた。
「死んでるね。」
「ええ。」
じっと、冷たい群青色の目で、申公豹は遺体を見続けている。
その白い横顔からは、何の表情も読み取れなかった。
「…そんなの見て楽しい…?」
「…。…いいえ。」
そうは言っても、申公豹の目線は遺体に向いたままだ。
周りには何もない、砂漠のような所だ。
申公豹の白い道着を、乾いた砂が吹き付けて、汚していく。
そもそもなぜこんな所にいるのかというと。
申公豹が仙人界に上がってまもなく、今日は老子から人間界に行く許可が降りたのだ。
あまり行く気の無かった申公豹を、黒点虎が背に乗せて駆けていたら、「あ。」と申公豹が声を漏らしたのでそこで止まって、
降りてきてみれば女の子が死んでいた。
(ボクのご主人は、何考えてるのか…よくわからないなぁ。)
ふぅ、と黒点虎は小さくため息をついた。
黒点虎は、申公豹がまだ人間だった時に、森の中で出遭って、そのまま彼の小さな庵の前に居座るようになって、なんだかよく分からないうちに
彼と一緒に仙人界に上げられてしまった。
黒点虎が言葉を話すようになったのは仙界に来てから。
つまり言語を解して申公豹とコミュニケーションをとるという行為はまだまだ不足していて、主人の心が掴めない。
(もっと、話したい…なぁ…。)
なんだかいろんな過去があって、森の庵で一人で暮らしていた。
そのくせ独りが嫌い。しかも寂しがり屋。
細い三日月の夜が嫌い。
強い。でも弱い。不安定。無表情。頬に四印。
今、黒点虎が申公豹について知っていることは、これくらいだ。
「クロ、」
「な、何?」
突然呼びかけられて、黒点虎は少し驚いて返事をした。
相変わらず主人の眼は、女の子に向いたまま。
「なぜこの子は、“こんなもの”を抱きしめているんですか。」
「こんなもの…って、この布…っていうか服のこと?」
「はい。」
黒点虎は死体をあまり直視していなかったので気付かなかったが、確かに女の子は服を抱きしめている。
最期の最後まで離さなかった女物の服。
「ハハオヤのじゃないの。安心するんじゃない?抱きしめてたら。」
「安心…?抱きしめると安心するんですか?」
「えー…うーん、多分…。」
抱きしめる対象にもよると思うけど…と黒点虎は言葉を濁した。
思いつきで適当に答えたことにそこまで突っ込まれるとは思わなかったようだ。
「あーでも、抱きしめられるのも安心するかも。」
「…そうなんですか…?」
「う…たぶん、だけど…。」
黒点虎が困っていると、申公豹はやっと女の子から視線をはずして、黒点虎の方に近寄って来た。
さく、さく、さく。
乾いた砂を踏む音が響く。
申公豹がすぐ横に来た。
「申公豹、もう帰――――」
帰るのかと思って、黒点虎が身体を低くしようとしたその時、もふ、と申公豹が抱きついてきた。
「え、ええどうし、どうした、の!?」
「…。…安心、します…?」
今までにないアクションだったので、黒点虎がどもりまくって返した言葉に、申公豹は首を傾げてそう聞いてきた。
なるほど、どうやら黒点虎の仮説を試したかったようである。
あたたかい体温。
緩く回される腕。
周りは砂漠、傍らには女の子の死体。
なんとも奇妙な光景である。
それでも。
(…悪くない、かも。)
やわらかく触れる主人の身体を、心地いいと黒点虎は感じた。
「クロ…?」
「申公豹は?申公豹は、安心する…?」
黒点虎の問いに、申公豹は少し困って、もう一度柔らかい毛並みをかき抱いた。
「“安心”って、よく…わからないです。」
強い風が、申公豹の声をかき消した。
抱きしめあう主従。周りは砂漠。
傍らの遺体は、少しづつ砂に埋もれていった。
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えー…捏造しまくりですいませんでしたぁああ!
申公豹は仙人界上がりたての頃は無表情です、感情の起伏が乏しいです、精神不安定です。
黒点虎のことはクロってまだ呼んでます。仙人界に上がる前の名残です。
…っていう所の補完が次あたり出来たらイイナ…!!(滝汗)
途中の黒点虎の設定アバウトすぎて自分でふいた。
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