*過去捏造のあの適当な設定すらが形になってない時に書いたものですので、申公豹の性格設定がかなり異なります。




  「今から君を殺すよ。」


  物騒な言葉とは反対に、太上老君はゆっくりと微笑んで壊れ物を扱うように目の前の人間の頬に触れた。


  ――これが、死を知らない手。



   093 最期の最後まで







  「…案外あっけないものですね。何も変わった感じありませんし。」


  まじまじと自分の体を見つめながら、群青の瞳の彼はつまらなさそうに言った。


  「まぁね。でも、これでキミも不老不死だ。」


  実にのんびりと。太上老君がそう言うと、彼はしばらく考え込んでこんなことを言った。


  「…。…では私はもう人ではなくなったのですね。」


  悲しむ様子もなく、喜ぶ様子もなく。
  ただ淡々と。


  「うーん…まぁそう言われてみればそうだけれど…。なんかその言い方だと化け物にでもなったみたいじゃない?」
  「化け物!いいじゃないですか、私にはお似合いですよ。」


  クスクスと、彼は面白そうに笑った。
  白金の髪は肩よりも上ではらはらと動作に合わせて揺れ、細められた群青の瞳はさっきまで人間だったのがおかしい程、
  冷たく、深く、濃かった。


  彼はいつも独りだった。
  年を重ねるごとに顕著になる、仙道としては誰もがうらやむほど恵まれた力は、人間の中ではただの異端でしかなかった。
  彼の両親と村は彼を忌避し、とうの昔に彼を放り出した。


  そんな彼を太上老君が見つめていると、彼は思いついたように太上老君の手をとり自らの頬に当てた。
  

  「…なぁに?」
  「これで、あなたと同じ肌。」
  「へ?」


  彼の言っている意味が良くわからなくて、太上老君は首を傾げる。



  「…老いと、死を、知らない肌。」



  にこりと笑って、彼は目を閉じた。
  閉じた瞳を縁取る、白金の睫毛が震えるのを見て、太上老君は「泣くのかな?」と思った。
  目が離せなくなる。
  彼はしばらくそのまま動かなくて、かといって泣くわけでもなかった。


  ぱちり、と大きな瞳が開いた。
  手を取られ、感情を表さない目にじっと見つめられて、息が詰まりそうだと太上老君は思った。




  「…老子。私はあたたかいですか…?」
  「え?」
  「人間じゃなくなった、私は、…あたたかいですか…?」


  誰も私に触れようとしなかったので、一度聞いてみたかったんですよ、と彼は静かに言った。
  感情の起伏の無い声とは裏腹に、瞳は懇願するように太上老君を見ていた。


  人間であったとき、私は人間とは認められませんでした。
  生きながらにして死んでいました。
  人間じゃ、なくなった私は、…。


  そう、深海の色をした目が語りかけてくるようで。


  ああ、なんて強くも儚く脆く。
  愛しいのだろう。




  「あったかいよ。…生きてるんだから。」




  雪のように白い肌に手を当てながら、雪とは違うあたたかさを感じて太上老君が言った。
  彼は、深海の底のように冷たかった瞳に微かに光を灯し、


  よかった、


  と消え入るような声で言った後、


  はらはらとその大きな瞳から涙を流した。
  それは初めて世界に堕とされた赤子のそれのように美しかった。








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  いちよう…「人間の」最期の最後まで、看取ったのは老子ですよーっていう話(笑)
  名前がつく前なので「申公豹」ではなく全部「彼」になってます。
  申公豹の過去って想像するの楽しいんですけど形にするのは難しい。
  いまいち良くわからん話になって申し訳ないです;;



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