「僕が怖くないんですか。」


 と、彼は私に尋ねた。
 いつもの青い髪でも目でもなく、半妖態の姿で。





  一瞬触れるだけの





  「…怖い?どうしてですか。」


  私は小首を傾げて彼に問うた。
  彼は言葉に詰まって、息をのんで、視線を逸らした。
  長い沈黙があって、彼はぽつりと呟いた。


  「醜い…ですから。」


  醜い、と私はオウム返しをした。
  本心から言ったわけではないのに、彼はひどく辛そうな顔をした。
  醜いとは何をさしているのだろう。
  顔だろうか、姿だろうか、今まで姿を偽ってきた心だろうか、全てだろうか。
  私は、彼の持っているそのどれもが、醜いとはとても思えない。
  私は大きく息を吸った。


  「先程の回答をしましょうか。」
  「え…。」
  「怖くないかと聞いたでしょう?」
  「あ…ええ。」
  「怖くないですよ。」


  至極あっさりと私は答えた。あっさりしすぎて嘘っぽいぐらいだった。
  でもそのくらい私にとって躊躇いのない答えだった。


  「怖くないです。」
  「どうして、」
  「だって、私の方が強いでしょう?」


  彼はぽかんと口を開けた。
  半妖態の姿とその表情のギャップがおかしかった。
  私は一歩、足を踏み出した。
  彼が一歩、後ろに引いた。


  「楊ゼン、あなたこそ、私が怖くないのですか。」


  ふっと、風がやんだ。


  私は三大仙人に匹敵する力を持っている。
  私は貴方を傷つける力がある。
  私は自分の力の底がわからない。
  私は誰の味方にもならない。
  私は誰の味方にもなれない。


  もう一歩、私は足を踏み出した、
  もう一歩、彼は後ろに引いた。
  殺気を放って近づいているのだから当然だと思った。
  それなのに、何故か悲しくなった。


  私は小さく息を吐いた。
  同時に、彼が止めていた呼吸を再開した。
  彼の長い髪が揺れて、風がまた吹き始めたことを知った。
 

  私はまた足を踏み出した。
  今度はちゃんと彼に近づくことが出来た。


  「申公豹…」


  うわ言のように彼が私の名前を呼んだ。
  私は彼の、人の形をしていない手を取って、自分の頬に当てた。
  温かい手だった。
  いつもの彼の体温と何も変わりがなかった。
  

  怖いわけがないじゃないか。
  こんな、私に嫌われることに怯えて、こんなに必死に語りかけてくる貴方が。

  
  まだ強張った顔でいる彼の掌に、私は掠めるようにひとつ、口付けた。











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  たまにはこういうのもいいんでないかなーと思って書いてみました。
  申公豹って結局どのくらい強いのかよく分からんよね。
  



  10/9/5 

  
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