ごろん、と寝台の上で何度目かの寝返りを打った。
右には窓があって、柔らかい光。
そして左には、もう何時間と寝台に腰掛けたまま読書に没頭している、恋人。
首筋に撫でるように
申公豹の家の扉を叩いた時は、まだ昼前だった。
そういえば、その時点ですでに片手に本を持っていたような気がする。
部屋に招き入れられて、茶を飲んで、二言三言言葉を交わして、それからずぅっと申公豹は本を読んでいる。
始めは声を掛けていたのだが、生返事しか返って来ないので諦めた。
米粒の様に細かく、びっしりと並んだ文字を、大きな群青の目が追っていく。
部屋には紙をめくる微かな音が、規則正しく響いていた。
「……。」
…確かに、何の気なしに家に来てしまったわしにも非はあるかもしれぬが、もっとこう、構ってくれても…
いやいや、こやつにそんな事を期待するのが間違いなのは重々分かってはいるのであるが。
あああ、と声にも出せずに頭を抱えていると、そんな様子が目の端にでも留まったのか、申公豹がこちらを見た。
ちら、と注がれる視線。
一瞬目があったかと思うと、またすぐその目は活字を追い始めた。
…目があった時のわしのテンションを返してくれ。
折角横になっていることだし、眠ってしまえばいいのだが、こんな時に限って睡魔は襲ってこない。
とにかく暇で仕方がないので、手持無沙汰な手をおもむろに伸ばした。
とん、と触れたのは申公豹の背中。
するりと手を滑らせると、背骨に触れた。
申公豹はまだ読書に夢中だ。
こつこつと背骨を下から上に辿っていく。背中の真ん中より少し上のあたりで、寝たままの姿勢では手が届かなくなってしまった。
それがどこか気に入らなくて、体を起して背中の先を辿る。
延髄のあたりまで来た。今日の申公豹はラフな格好をしてるので、首回りがあいている。
目の前の白い項を、すっと撫でた。
「っ…」
さすがにくすぐったかったのか、申公豹はピクリと肩を跳ねさせた。
恨めしそうな目が、こちらを見る。
むすっとした顔に、にっと笑い返してやった。
「あと少しなんですから、邪魔しないでください。」
「わかったわかった。」
そうしてまた、申公豹は活字を追っていく。
一方のわしは、反応が返ってきたのが面白くて、項から指を滑らせて、首筋に片手を添える。
頸動脈からとくとくと鼓動が伝わってくる。
「っちょっと…太公望…!」
「んんー?」
「んん、じゃないです!邪魔しないでくださいって言ってるでしょう ?」
「ただ首に触っているだけであろうー?おぬしは気にせず読書すればよいのだ。」
「気にせずって…っ」
気になるんですよ、と叫んできそうな申公豹に、わしはニタァと意地の悪い笑みを送った。
それが癪に障ったのか、申公豹は意地でも読書を続けてやろうと三度書物に目を落とした。
頸動脈から伝わる鼓動は先ほどよりも早くなっていて、この調子ではきっとロクに内容も頭の中に入っていないのだろうと思うと、
今までほったらかしにされていた分、悪戯が成功した時の様な高揚感で満たされた。
指で何度も首筋を撫でると、時折ひくりと体が震える。
それでも何でもない風に装って読書を続ける申公豹は本当に意地っ張りでプライドが高いと思う。
そういう事をされると、そのプライドをへし折りたくなるというのに。
音もなく、後ろからゆっくりと抱きしめると、弾かれた様に申公豹は書物から顔をあげた。
困ったような顔が、こちらを見ていた。
「な、何をしているんです…?」
「抱きしめておる。」
「だから、なぜ、」
「――読書は良いのか?」
申公豹の言葉を遮るように、わしは書物を指さしてそう言った。
残りのページは、もうあとわずかだ。
抱きしめたままで固まっているわしに居心地悪そうにしながらも、申公豹は書物に目を落とす。
ページを一枚めくる音と共に、白い首筋に噛みついた。
「っ――!」
大きく見開かれた目がこちらを向いているのが分かったが、気にせずにその首を舌で舐める。
「やめ、」
じた、と暴れる体は抱きしめた腕から出て行こうとする。
それを腕に力を入れる事で阻止し、白い皮膚に唇を寄せた。
キュゥと音を立てて吸い上げると、綺麗に赤い花が咲いた。
何度もそれを繰り返すうちに、とうとう申公豹の手から、あと残り数ページの書物がばさりと音を立てて落ちた。
背後から顔を覗きこむと、嫌がって申公豹は俯いてしまったが、ほんのりと上気した頬は隠せていなかった。
「…何なんですか、もう…。」
呆れたような声で、申公豹が呟く。
やっとこちらを向いた顔は、どこか拗ねたような表情で。
あんまり可愛いものだから、思わずへの字のままに唇に、己のそれを重ねた。
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最初の数行で展開が読めるお話ですいません(笑)
拍手小話で書いてるから気付かなかったんですけど、太申ってこれ合わせても3つしかなかったんですね〜。
首筋に撫でるようにっていうか、舐めてる…。
10/6/21
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