「好きだよ。」
「…なんですいきなり。」
気付いたら老子が目の前に立っていて、気付いたらそんな言葉を言われていた。
いつものようにどこかのんびりとした声で、私に愛をささやく。
「すき、」
手を伸ばして、髪に、耳にと、白くて綺麗なその手は私に触れていく。
「すき。」
「っな、んども…言わなくてもいいです!」
何度も繰り返されるその言葉が気恥ずかしくて、私はいつもより大きな声でその言葉を遠ざける。
それでも、その優しい声が何度も、何度も、私の耳にその言葉を届けていく。
頬を柔らかく掴まれて、老子と向き合った。
長い睫毛と整い過ぎた顔はまるで造り物の様だ。
「申公豹、」
声までも、美しいなんて。
く、と微笑んだ唇が、触れるか触れないかという所で私の名を呼んだ。
息遣いさえ分かる様な距離。
あと数ミリ、身動きすれば唇が重なる。
身体を跳ね返せばいいのに、跳ね返せない。
ここはどこだ。
今は何時だ。
何も分からない。
唇が、重なった。
「――あいしてる。」
名残惜しくて切ない
「な、……あ、れ…?」
目を開けるとそこは老子の寝室だった。
窓から入ってくる光は柔らかく、まだ午前中の様だ。
目の前にはこんもりと盛り上がった布団。
老子はまだ寝ている。
私は老子の寝台の傍にある椅子に座っていた。
どうやらまどろんでいたようだ。
…ということは。
「夢……?」
さっきのは、夢か?
「〜〜〜〜っ…!?」
顔がぶわっと熱くなった。
夢?今のが?
なんであんな夢を見たのか分からない!
(感触まで、あった…)
指先で自分の唇に触れた。
鼓膜に響いた声も、触れられた感触も、全て覚えている。
リアルすぎた。
なんであんな夢を見たのだろう。
頭を冷やそうと、頭を垂れた。
どんなに、リアルでも。
夢は夢。
触れた感触は、本物ではない。
もうすぐ、3年。
老子が眠りについてから、3年。
だから会いに来た。
本人には絶対そんなこと言わないけれど。
「―――おはよう。」
「!」
ばっと顔を上げると、横になったまま目を開いた老子がそこにいた。
まだ眠たそうな目をこすって、まるで子どもの様にううんと小さく唸っている。
私は先程の夢のことと、老子が突然起きたことに混乱して、上手く返事ができなかった。
「…申公豹?」
「あ、…お、はようございます…。」
名前を呼ばれて、やっとのことで挨拶をした。
「なんだか顔赤いけど…?」
「な、なんでもありません。」
ばれる筈はないけれど、なんとなく恥ずかしくて顔をそむけた。
だってあんな夢を見たなんて、言えるわけがない。
あのキスが…偽物じゃなくて本物のキスが欲しいなんて、言えるわけがないのだ。
「何か飲みますか?」
だから平気なふりをして、私は寝台から遠ざかる。
「申公豹、」
「なんです、」
「――あいしてる。」
言われた言葉に、時間が止まったような気がした。
どうして。
どうして夢のままの言葉を言うのか。
老子はゆっくりと寝台から抜け出して、私の頬に触れる。
そしてそのまま私の唇に口付けを落とした。
触れるだけの、数秒の口付け。
「…やっぱり本物の方が、いいでしょ?」
にっと笑ってそう言う老子に、私ははっと思い当って叫んだ。
「私の夢を覗き≠ワしたね!?」
「覗きだなんて人聞きの悪い。あんなに近くで夢を見られたら流れ込んできてしまうよ。
いやでもしかし驚いたなぁ。申公豹でもあんな夢見るなん、」
「黙ってくださいっ!!」
恥ずかしい、恥ずかしすぎる。
幾ら不可抗力とはいえあんな夢を見たのは他でもない私自身だ。穴があったら入りたい。
ギンと睨んでみても老子の顔はそれはもう楽しそうで、当分はこのネタでからかわれるかと思うと本当に憂鬱だった。
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ついに10本目!
最後の締めはやっぱり老申で。
お題沿えてるか微妙なの多かったね!(笑)
10/12/1
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