あの白い皮膚でも、浅葱の髪でも、何だって構わないから傷一つ付ければいいだけなのに。
             39 戦いましょう
            「――っ!」
            勢い良く薙いだ刀は目標に当たる事は無くただ空を裂いた。
            太陽光を受けて刃が一度煌く。
            刀の切っ先を後方に避けるだけで凌いだ太上老君は、余裕のある表情を一向に崩そうとはせず、ふわりと優雅に宙を舞った。
            「っ…!?」
            長い長いズボンの裾が空に揺らいで、背中を捕られると思ったときにはもう遅く、ぐっと強い力で太上老君の白い手は
            申公豹のこれまた白い首筋を捕らえていた。
            「残念。また私の勝ちだ。」
            「っう…」
            延髄を確実に捕らえられたこの状態で、体を動かすなど出来るはずも無く、申公豹はしかたなくうなだれた。
            また負けた、と申公豹が一つため息をつくと後方の師がクスクスと笑う。
            「バックを捕られるなんて、らしくないね。」
            「うるさいです…。」
            「今日はもう終わりにしよう。」
            「まだ出来ます。」
            「だーめ。もう無理でしょう?」
            「そんなことな…――っあぅ…!」
            太上老君が申公豹の右足首をかつんと軽く蹴ると、申公豹が痛みに声を上げた。
            同時に老子は首筋を掴んでいた手を放した為、体の呪縛を解かれた申公豹の体は崩れ落ちた。
            座り込んでしまった弟子にあわせて地面に膝をついた太上老君は、その痛みにゆがむ顔を覗き込んで、
            同じように痛そうな顔をした。
            「…ごめん。でも意地の張り過ぎはよくないよ、申公豹。さっきくじいたでしょう?その足。私に背中を捕られたのも、
             その足の所為でスピードが落ちてるからだ。分かってるでしょう…?」
            「……。」
            図星だったために、申公豹は何も言い返せなかった。
            「ほら、乗って。」
            下を向いたままで動こうとしない申公豹に、太上老君が背中を差し出した。
            ようは「おんぶ」である。
            それを見た申公豹はかっと頬を赤くした。
            「ッこ、子ども扱いしないでください!」
            「…私にしてみれば、君はまだまだ子どもなんだけど?」
            肩越しにこちらを向いてそういう師に、申公豹はまた何も言えなくなる。
            いくら申公豹が人間より長生きしているといっても、目の前のこの師に比べればまだまだ若いのである。
            う、と声を詰まらせていると「早く」と催促する声がして、申公豹は仕方なしにその背中に体を預けた。
            家に帰った太上老君は申公豹を椅子に座らせて、差し出された右足首の手当てをした。
            「ちょっと腫れてるけど、明日には良くなるよ。」
            「…ありがとうございます。」
            「どういたしまして。」
            薬草をいくつも混ぜて作られた特性の湿布を当てられた右足は、動かそうとするとまだズキンと痛む。
            申公豹はその右足を、忌々しそうに見つめていた。
            「…くやしいです。」
            「ん?」
            「私は貴方に、傷一つ付けられやしない。」
            太上老君が申公豹に宝貝を渡す条件はたった一つ。
            「申公豹が太上老君に攻撃を当てること」
            ただそれだけ。
            日常生活中の不意打ちは禁止。
            修行時間中だけに限られているとはいえ、その条件は決して厳しいものではない。
            …と、申公豹は思っていたのだが、実際始めてみるとそんな考えは彼方に吹き飛んだ。
            あんなずるずると動きにくそうな格好で、太上老君は見事に攻撃を避けるのだ。
            それはもう、次に来る攻撃が分かってるんじゃないか、と思うくらい。
            「でも、最初に比べれば大分攻撃の筋が良くなったよ?」
            「当たらなければ意味がありません。」
            吐き捨てるように申公豹が言う。
            太上老君はそんな申公豹の頭を、ぽんぽんと優しく叩いた。
            また子ども扱いして、と少し怒った顔を上げた申公豹に太上老君が言う。
            「あせらない、あせらない。」
            口元に笑みを浮かべて、金の目を細める師がそこにいた。
            「わかってますよ…そんなこと…。」
            わかってはいるのだ。焦ったって意味が無いことを。
            けれど毎日同じことの繰り返しの日々に、さすがの申公豹も弱音を吐きたくなったのだ。
            「んんー…じゃぁ私もう寝るから。明日もやるんでしょう?」
            「当たり前です。明日こそ…」
            申公豹は一度言葉を切って、太上老君を見た。
            群青の瞳に、もう弱気な色はない。
            「明日こそ勝ってやるんですから。」
            「…楽しみにしてるよ。」
            すっかり普段どおりになった申公豹に安心して、太上老君は寝室に向かった。
            後ろから小さく「おやすみなさい」と言う声に返事をして扉を閉めた。
            ベッドに倒れこむ前に、太上老君はある方向を見やった。
            そこには、まだ見ぬ主人と会える日を夢見る宝貝が、覚醒の時を待っている。
            「…もう少しだよ、雷公鞭。」
            後ほんの少しだから、あの子を待っててあげて。
            しん、と静まり返った部屋でそう呟いて太上老君は夢に堕ちた。
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            ぶっちゃけ仙人の修行なんか良くわかんなかったので、己の
            萌えのみを追求してみました。
            申公豹の修行風景ってあんまり思い浮かばないんだよなぁ…。
            なんていうか、最初から強そう(笑)
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