いつもいつも抱き締めるこの手が、震えているのを悟られないか心配だ。



             009 触れていたい



             「貴方は会ったら必ず、私を抱き締めますね。」


             今もその言葉通り腕の中に収めた白い彼が呆れたように、でも楽しそうにそう言った。
             服の上からあたたかい体温が伝わる。
             自分より幾分背の低い彼の肩に、僕は顔をうずめた。


             「なんだか勿体無くて。」
             「…勿体ない?」
             「せっかく申公豹に会えたのに、触れていないのが勿体無いと思ってしまうんです。」


             これは、本当の事。
             僕と彼が会えるのは、極稀だ。
             それは彼の気まぐれな性格の所為もあるけれど、僕の「仙人界の教主」という立場が関係している事もある。
             「教主」が仙人界と手を切っている「最強の道士」に度々会うことは、なかなか宜しい事ではないようだ。


             だから僕は彼と運良く会うことが出来たら、毎回飽きることなく抱き締める。
             陳腐な台詞だと自分でも思うが、一分でも一秒でも長く彼に触れていたいのだ。


             …でも言わない本音もある。
             僕が彼を抱き締めるのは、どうしようもない恐怖感からだ。
             死んでしまいそうなほどの、圧倒的な怯えからだ。
             だってそうだろう?
             僕と彼は、あまりに違うじゃないか。
             彼の力は三大仙人に匹敵するほどに強く、気高く、孤高で、僕なんか足元にも及ばなくて。
             こうやって捕まえていないと、離れていってしまうんじゃないかと怖くて仕方が無い。
             今度、いつ彼に会えるだろう?
             今度、なんて本当にやってくるのか? 
             答えのない自問は僕を捕らえ、侵食し、脅かす。

             
             きゅ、と無意識に抱き締める腕に力がこもった。


             彼は気付いているだろうか。
             抱き締めるこの手がいつも震えているのを。
             彼は気付いているだろうか。
             抱き締めるために伸ばすこの腕に躊躇いがあることを。
             彼は気付いているだろうか。
             本当は、…本当はこんな風に優しくでは無く、貴方が呼吸できないくらい強く抱き締めたいことを。



             彼は気付いているんだろうな。



             だから、今、僕の背中にその細い腕が回って。
             なだめるように、僕の背が優しく叩かれた。





             「申公豹、貴方に触れていたいです。」
             「はい。」
             「…触れて、いたいんです。」
             「…。…はい。」





             涙が出そうだ。


             彼の柔らかな優しさに涙が出そう。
             けれど、彼に情けない泣き顔なんか見られたくないから、必死に耐えて、その体温に一生懸命僕は触れた。












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            相手のことを本当に好きなんだけれど、
            楊ゼンは「自分は申公豹にふさわしくない」と思ってて、
            申公豹は「自分は楊ゼンにふさわしくない」と思ってて…とそんな感じです(?) 




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