アクアリウム
(エイ、クマノミ、ウミガメ…)
大きな硝子の中で色とりどりの青を纏いながら魚達が泳いでいく。
上方から降り注ぐ光と湧き出る水泡。私は硝子に顔を近づけて、食い入るようにその光景を見つめていた。
ひとしきり堪能して視線を横にずらす。青であふれていた視界に、ふわっと浅葱色が写りこんだ。
「…なに、見てるんですか。」
「いや…あんまり夢中になって見てるから…」
くすくすと、笑う老子は水槽には目もくれず、真っすぐに私をみていた。
薄暗い館内でも、彼の端正な顔は際立つばかりだ。
目を伏せれば、長いまつげがふっと目元に影を落とす。
何もしていないのに色を含んだようなその動作に心臓が跳ねる。
今度は自分が老子をじっと見つめていたことに気付いて、慌てて目を逸らした。
「つ、ぎ…行きましょう。」
「ん?うん、いいよ。」
老子は私が目を奪われていたことには気づかなかったようだった。
それでいいのだ。だって気付かれてしまったら、またからかわれるのだから。
惚れ直したか?とかそんな風に言って…。惚れ直すもなにも、私は、いつだって。…。……。
「申公豹?」
歩く速度をあげた私を不審に思ったのか老子が声をかける。
私は聞こえない振りをしてそのまま歩き続けた。
館内は一直線。迷うことはない。
「わぁ、」
照明が一層暗くなる。
そこは無脊椎動物のフロアだった。
目の前の大きな水槽の中を、海月がふよふよと泳いでいく。
先に感嘆の声を挙げたのは老子だった。
「綺麗だね。」
「ええ。」
先程までの光に満ちた青とは違う、しっとりとした青で満たされる。
仄暗いフロアではぼんやりとしか相手は見えない。
水槽の縁に手を下ろすと、こつんと老子を手が重なった。
「あ、」
すみません、と引っ込めようとした指先を捕えられる。
くっと握られた指先は、反射した青色のせいなのかひどく冷たく見え、そして実際に冷えていた。
指先から視線を上げる。
手を解くに解けなくて、どうしようもなく老子を見ていた。
するとじっとこちらを見ていた老子の顔が、困ったように微笑んだ。
「…ほんとに君はもう…どうして、そんな顔するかな…申公豹。」
「?…なに…が…――――っ!」
薄暗い中で後頭部を引き寄せられる。
水槽の青い光の届かない場所で、噛みつくようにキスをされた。
「ぅ…、待っ…」
「…やだ、待たない。」
「ひ、とが…、っん…」
「今は、っ…誰も、いない。」
確かに、幸いこのフロアに客は自分たちしかいなかったが、いつ誰が来てもおかしくない。
耳を澄ませば奥の通路ではしゃぐ子どもの声がする。
無邪気で、無垢で、同じ空間で何が起きているのかも知らずに。
老子の行動はいつも不可解だ。
そんな顔って、どんな顔だというのだ。
「ん、ん…っ」
思案する思考と、それを絡め取っていく快楽とがないまぜになって何が何だかわからなくなる。
背中にぞくぞくと甘いしびれが走って、足元から崩れてしまいそうだった。
「ろ、…し…っ…」
広い背に縋るように手を伸ばした。
春物のシャツは薄手で、爪を立てればそのまま皮膚に食い込んでしまいそうだった。
小さく老子が息を詰め、そうしてぎゅっと強い力で抱きしめられる。
耳元で囁かれる甘ったるい声に、今度こそ立っていられなくなりそうだ。
「…いいよ?」
「え…」
「爪、立てればいい。」
「そんなこと…」
「君がしたいようにすればいいよ。私は……」
ふと、はしゃぎ声が大きくなる。
家族連れがフロアに入ってきたようだ。
私と老子は慌てて身体を離して、次のフロアへと歩き出した。
心臓はまだどくどくと煩く鳴ったままだ。
「老子、老子…先程の…。」
言葉の続きは、何だったのか。と、問おうとすると老子がくるりと振り返った。
そうして彼はにっと意地悪そうに笑う。
「私は、君に求められるのがだぁい好きなんだ、」
私はきょとと目を見開いて、意味が分からずに首を傾げた。
そんな私を見て、くすくす笑いながら老子は先を歩いていく。
「君は気付いていないだろうけど、君はいっつも物欲しそうな目をしているよ」と呟く声は、私には届かなかった。
アクアリウムの青に、絡め取られて吸い込まれた。
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おかしい、もっとギャグっぽいの書こうとしていたはず…なのに…/(^o^)\
海月は見てて癒されるからすき。
水族館は青がいっぱいですき。
2012/3/29
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