*外国のことはよく分からないので日本式バレンタインデーです。
                          なので、途中で申公豹が行く所も日本という設定でお読みくださいませ。


                      どうせ貴方は目覚めやしないのだけれど。


                       不器用なハート



                      「申公豹、申公豹、もうすぐバレンタインデーってやつみたいだよ。」


                      暇つぶしに人間界を自慢の千里眼で見ていた黒点虎が言った。
                      今日は2月12日。


                      「バレンタイン?…あぁ、あの好きな人にチョコレート送るやつですね。」
                      「うん。売ってるチョコすっごくおいしそー…最近は女の人が自分のために買うっていうのもあるみたい。」
                      「へぇ…。」


                      バレンタインは2月14日だったか。…。


                      「黒点虎、人間界に行きましょう。」
                    

                      「え!買うの?老君に?めずらしー!」
                      「…珍しい、は余計です。」
                      「でもさぁ、老君ついこの前寝始めたんだから…起きるのいつになるか分からないよ?」
                      「いいんですよ、別に。とにかく行きますよ。」
                      「はぁい。」


                      起きないのは分かっている。
                      別に食べてほしいわけではなくって。ただの気まぐれ。暇つぶし。


                      人間界に行くには色々準備が必要だ。まず服を着替えなければならない。
                      老子が人間界にいっては面白半分に私の服を買ってくるものだから、やたらにある。
                      シンプルで着やすい…のだが、どうもレディースっぽい気がするのはなんでだろう…?
                      (*気がするのではなく老子は本当にレディース服を買ってきています。もちろん故意に。)


                      髪を下ろして、コートを羽織って、マフラー巻いて、お財布もって。


                      「申公豹ー準備できたー?」
                      「ええ。」
                      「あー、かわいいね、その服。」
                      「か、かわいい…?」
                      「うん、かわいい。はい、乗って乗ってー。」


                      可愛いなんて言われても困る…老子の口癖が黒点虎にもうつってしまったんだろうか…。
                      そう思うとなんだか軽い頭痛がしてきたので、一旦思考を停止して黒点虎に跨った。


                      午前の空を駆け抜ける。
                      飛んでいるところを見られると厄介なので、速度は速め。
                      街に近くて、なるべく人気の無いところに降り立った。


                      「では、2時間後くらいにまたここで。」
                      「りょーかーい。」


                      黒点虎に別れを告げて、街に飛び出した。








                      「…すごい…人ですね…。」


                      祝日の所為もあるのか、某有名デパートのチョコ売り場は人でごった返していた。
                      とてもじゃないがこの中に割って入る気にはならない。
                      まだ入り口付近にいたのだが、あまりの人の多さに滅入ってしまって渋々店を出た。


                      「どう、しましょうか…。」


                      てくてく歩きながらそう考えていると、ふと目に止まったものがあった。


                      「チョコレートの…お菓子の、作り方…?」


                      本屋の前に設けられた特設コーナーには手作りお菓子の本が大量に積んであった。


                      手作り…なんだかものすごく面倒くさそう。
                      片眉をひそめながらパラパラと本をめくってみると、意外と手間がかからないことが分かった。
                      まだ日にちもあるし、何よりあの人ごみに入らなくてすむ。手作りもいいかもしれない。
                      思い立ったが吉日、とも言うので、早速その本を購入して今度は材料の仕入れに向かった。








                      「製菓用の…チョコレート…は…。」


                      本で確認しながら材料を探す。
                      ふと、周りの視線が自分に向いていることに気付いた。


                      (髪…ですかね、やっぱり…。)


                      茶髪や金髪は多くても、自分のような髪色はなかなか珍しい。
                      帽子をかぶるかフード付きの物を着てくれば良かったと後悔した。
                      老子もあの浅葱色の髪では目を引くだろうに、よくあんなに買い物に出かけるな、と少し感心して半分呆れた。
                      (*目を引くのが麗しい容姿の所為もあることに気付いておりません。)


                      (とにかく…はやく材料を買わないと。)


                      男女の視線に居た堪れなくなりそうな中で、何とか買い物をし終えて黒点虎との待ち合わせ場所まで急いだ。








                      「おかえりー。」
                      「すいません、少し遅れましたね。」
                      「いいよー別に。…あれ?なんか荷物多くない?」
                      「あ、えーと…これは…作ろうと思いまして…。」
                      「手作り!?本当!?うわーすっごい珍しいっ」


                      きゃいきゃいはしゃぐ黒点虎に、なんだか自分の行動が恥ずかしくなってきた。


                      「ち、違いますよ…人ごみに入るのが…嫌だっただけで…その、別に深い意味は…。」
                      「申公豹顔赤いよー?」
                      「も、もうっ…からかわないでくださいよ…!」
                      「あはは、分かった分かった。とにかく帰ろ?」


                      まだ少し笑っている黒点虎を膨れっ面で眺めながら、家路を急いだ。








                      13日。老子はすやすや眠っている。
                      私は本を片手に、キッチンと向き合う。


                      「ねぇねぇ、何作るのー?」


                      黒点虎が私の背中に問いかけた。


                      「トリュフというやつです。初めてでも大丈夫らしいので。」
                      「ふぅん…がんばってね申公豹っ、…あ、あとさぁ…。」
                      「…なんです?」
                      「…ボクの分も、忘れないでね…?」
                      「ふふっ…はいはい。」


                      私が忘れるはず無いのに、心配そうに言う黒点虎が何だか可笑しかった。
                      さて、調理開始。


                      チョコを刻んで、溶かして、色々混ぜ込んで、少し冷やして。


                      なかなか簡単だ。なんだか楽しくなってきた。


                      掌で転がして丸めて、粉砂糖の中で転がしてゆく。


                      すごく甘そうだ。…そういえば老子は甘いもの大丈夫なんだろうか。
                      なんて今更な事を心配するが、当の本人が眠っているために確認も出来ない。


                      最後の一個が白く化粧を終えた。


                      「できました。…結構上手くいったんじゃないですかね…?」


                      見本の写真と大差ない出来に少し嬉しくなる。
                      昨日一緒に買ったプレゼント用の袋に入れて、冷蔵庫にしまいこんだ。
                      後は明日を、待つだけだ。








                      14日。老子は相変わらず眠っている。


                      「はい、黒点虎。」
                      「ありがとーっ申公豹だいすきーっ」


                      チョコの入った包みを渡すと、黒点虎が嬉しそうに擦り寄ってきたので、私はその頭を撫でた。
                      袋を開けにくそうにしていた黒点虎に手を貸して、その口にトリュフチョコを放り込んであげた。


                      「どう…ですか?初めてなので、よくわからないんですが…」


                      もぐもぐと口を動かす黒点虎に問いかける。
                      自信がないわけではないが、やっぱり不安だ。


                      「すっごくおいしいよーっ申公豹上手だねぇ。」


                      そういって笑ってくれたので、私はとても安心して嬉しくなった。
                      自然に笑みがこぼれるくらいに。


                      「問題は老君だよね。せっかく申公豹がこんなに美味しいの作ってくれたのに…まだ寝てるんだもん。」
                      「いいんですよ、別に。初めからわかってたことですし…。」


                      ベッドの傍らまで歩いていって、すやすや眠る老子に視線を移す。
                      まだまだ熟睡中の麗人は、目を覚ます気配すらない。


                      「それにまだ…14日は終わっていませんし。」


                      もう、ここまできたら賭けだ。
                      老子が今日起きるか起きないか、待っていようじゃないか。


                      ベッド際の椅子に腰を下ろして、枕の横にチョコを置く。
                      気持ちよさそうに眠る老子に、願いを込めて呟いた。



                      「ハッピーバレンタイン。…老子。」



                      ――――――――――――――――――――――――――――
                      老子が起きたか起きなかったかはご想像にお任せします。
                      ちなみに私は「実は12日から狸寝入りをかましていて申公豹を散々
                      不安にさせた後14日ギリギリに起きる」派です(笑)
                      あ、なんで二人が人間界のお金を持っているのかというツッコミは
                      なしでお願いします…

                      07/2/14

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