■拍手お礼小話■
1月分
「あけましておめでとうー…って聞こえてないか。」
時の止まったようなこの住処にも、年の初めはやってくる。
新しい年を迎えた深夜に太上老君は愛弟子に新年の挨拶を送った。
一方、挨拶を送られた愛弟子は、机に伏してもうその大きな目を閉じてしまっている。
上気した頬、小さな吐息、傍らには杯と空の徳利が沢山。
「飲ませすぎたかなぁ…。」
「老君がどんどん注ぐからでしょー?」
白金の髪に指を通しながら呟いた太上老君に、黒点虎がすばやくつっこみをいれる。
実際、黒点虎の言う通りだったので、太上老君はぐうの音も出ない。
「…だって酔った申公豹いつも以上に可愛いんだもの。甘えてくるし。」
苦し紛れに吐かれた言い訳に呆れつつも、黒点虎は完全に酔い潰れてしまった主人の背中を見た。
と同時に、ほんの数分前、酔っぱらって通常の主人では全く持ってありえない態度をさらけ出していたのを思い出して、黒点虎はいくらか口元を緩めた。
「まぁ…老君の気持ちはわからなくもないケド。」
呟いた黒点虎の言葉をどう受け取ったのか、太上老君はきょとんとした顔をして、それから意地悪く笑った。
「へぇえ…わからなくもないんだ?」
「…なにさその笑いは…」
「いや、かわいいかわいい愛弟子が皆に愛されて嬉しいなぁと」
「よっく言うよー、獲られたら困るくせに。」
「クスクス…困るどころの騒ぎではないと思うなぁ、きっと。」
微笑みながら、太上老君の指がまた申公豹の髪を透く。
はらはらと落ちる絹糸のような髪を一束取って口付けたあと、太上老君は満足したように自分の座っていた椅子に座り直した。
「…今年もよろしくね。」
誰にともなく、一番幸せそうな優しい声でそう呟いて、太上老君は愛弟子をちゃんとした場所に寝かせるべく、席を立った。
酔いつぶれ申公豹とそれを見守る師と霊獣
2月分
「どうぞ。」
差し出されたチョコは12粒。
どれも非常によく出来ていて、起き抜けで半目の太上老君にもその菓子を識別できたようだった。
「あれ、今日バレンタイン?」
「ええ。」
ぱぁ、と太上老君の顔がほころんだ。愛しい愛弟子は今年も自分にチョコをくれるらしい。
長い袖を引いて、指先で小さなチョコを一粒つまむと、そのまま口に放り込んだ。
当然口内は甘さで満たされる、しかしチョコが溶けていくうちにだんだん妙な味になってきた。
と、いうか。
「っ…!!!!」
太上老君顔が引きつると同時に、申公豹はにぃっと口の端を上げた。
「おや、12粒もあったのに一発目で“アタリ”ですか!さすがですね。」
「なにがっ…ていうか辛っ…何入れ…」
「中身ですか?唐辛子でしょう、わさび、豆板醤(略)を混ぜたものを。」
なにやら楽しそうに材料を挙げる申公豹の目の前で、太上老君は辛さに涙目である。
悪戯が成功した申公豹は、潤んだ師の金色の目がギンと鋭さを増したのを見逃した。
がしっと肩を掴まれた時にはもう遅い。後頭部を抑えられて、唇が合わさった。
「っ!?ん…、んんっ…!」
申公豹の口内を水分を奪い取るように、太上老君の舌が絡んでくる。
快楽と同時にやってくるのは、えも言われぬ辛さで、申公豹は二重の意味で群青の瞳を潤ませた。
たっぷり30秒。やっとの事で唇が離れた。
「っっ何するんですか!私が辛いの嫌いなの知ってるでしょう!?」
「あのね、君は自分が嫌いなものを人に食べさせるのかい…!」
「わ、私はただ、貴方がいつも私に悪戯ばかりするから、たまにはこっちからって…!」
きょと、と太上老君は目を見開いた。
そうかそうか、かわいい愛弟子は自分だけやられっぱなしなのが気に入らなかったらしい。
普通なら怒るところだが、自分に悪戯を仕掛けようと色々試行錯誤してチョコまで作り上げた愛弟子が可愛くて仕方なくなってきた。(←ここらへんが末期)
「な、なんですかきもちわるい…」
考え込んでクスっと微笑んだ太上老君を見て、申公豹が体を引く。
が、腰にがっしり腕が回されていて動けない。
太上老君の唇が耳元に近づいて、申公豹は体を強ばらせた。
普段より幾分低い声が、囁く。
「――申公豹も、普段私がやってるような悪戯……やってみる…?」
クスクスと笑いながら注がれた言葉は申公豹の思考を停止させる。
続いて、普段されているイタズラ(皆様のご想像におまかせします)が走馬灯のように頭をよぎって、申公豹は顔を耳まで赤に染めた。
「しませんッッ…!!」
「っ…はは…かわいー…」
「かわいくありませんっっ」
腕の中で暴れる愛弟子を押さえつけながら、太上老君は残ったチョコに手を伸ばし、今度はその甘さに頬を緩めるのだった。
悪戯常習犯の師匠と悪戯半人前の弟子によるバレンタイン
3月分
禁城の寝台は気持ちがいい。
シングルでさえふかふかで気持ちいいのだから、キングサイズともなれば言うまでもない。
そこらへんの下っ端が一度は興味本位で寝てみたくもなったとしてもしょうがないかもしれない。
しかしそこで昼寝をしているのは下っ端でもなんでもない人物だった。
(…っなんでこいつがここにいるんだ……)
聞太師の広々とした寝台の上で寝転がっていたのは、道化の格好をした…つまりは申公豹であった。
予想外すぎる先客に聞仲は部屋の入り口で固まった。
そんなに静かに入ってきたわけでもないのに、申公豹は起きる気配も無い。
向こうを向いて、背を丸めて、掛け布団もかけずに寝ている。
流石に近づけば起きるだろうと思って、聞仲はわざと靴音を鳴らして寝台に近寄る。
カツカツカツ。
あっという間に、寝台の前。
相手は無反応。規則正しく、息をしている。
「…おい…何の冗談だ?」
最強の冠を持っている道士が、こんな至近距離まで他人に近づかれても起きないなんてありえない。
きっと狸寝入りを決め込んでいるのだと、そう思った聞仲が横になった体に問いかけた。
返事は無い。
暖かい春の陽気が窓から入ってきている。こちらまで眠くなりそうな昼下がり。
「おい、申公豹。」
痺れを切らした聞仲が、申公豹の肩を引っつかんで仰向けにさせた。
「ぅ…ーん…」
小さく唸った申公豹の顔が不満げに一度歪む。
その後、目に入って来たのはそれはもうあどけない寝顔で、聞仲は自分の胸が立てた少女漫画的な音を全力で無視したくなった。
(……本気で寝てる…?…。…ありえない。)
そうは言っても目の前の寝顔に嘘はない。
大体聞仲を狸寝入りでからかっているのなら、この時点で申公豹は噴き出し、楽しむだけ楽しんだ末に窓からトンズラしているはずである。
聞仲はもう一度熟睡中の顔を見て、頭を抱えた。
(かわいいなんて思わない、絶対、思わないからな…!)
サプライズゲスト申公豹にツンデレで対応する聞仲
4月分 *現代パロ
「あれ。」
仕事が終わって家路につこうと、雲中子は最寄り駅まで夜道を歩いていた。
すると、少し遠くに見知った白金の髪の青年が目に入った。
「申公豹くん、だ。……んー…あれ大丈夫かなあ?」
そう呟いて、雲中子は眉根を寄せた。
というのも、遠くを歩く申公豹の足元はおぼつかなく、ふらふらとして危なっかしい。
この辺りは車と歩道の間隔が狭いから、安易に車道に飛び出しでもしたら大怪我をしかねない。
どうにも心配だったので、雲中子は小走りで申公豹の元に駆け寄った。
「申公豹くん。」
「……?………あなた…老子の…?」
「うんそう、同じ仕事場の、雲中子。」
ああ、とワンテンポ遅れて雲中子を認識した申公豹の目は眠そうにとろんとしている。
歩き出そうとして踏み込んだ足が上手く体を支えられなくて、傾いだ身体は軽い音を立てて雲中子の体に倒れこんだ。
「っと、…大丈夫かい?」
問うた質問に、寄りかかった身体は肯定を示したが、どう見ても大丈夫には見えない。
先程と比べて一気に距離が縮んだ身体からは、ふわりと酒の香りがした。
「あ、飲み会?」
「……ええ…新入生の…かんげい…で……」
どうやらサークルか何かの飲み会があったらしい。
雲中子には申公豹が下戸なのか飲み過ぎただけなのかは分からなかったが、とにかく相当酔っているのは確かだ。呂律も怪しい。
「一人で…帰れないか。家どっち?近くまでなら送るけれど。」
「………。」
「……。………申公豹くん…?」
返事が返ってこないのを不安に思って見てみると、雲中子の胸にもたれかかったままの申公豹は、大きな瞳を閉じて寝息を立てていた。
「え。えぇえ。おーい、申公豹くんー?」
焦った雲中子が申公豹の体をゆすってみるけれど、瞼はぴくりとも動かない。
「……どうしよう…申公豹くんの家…知らないし。ここに放って行くわけにも…。……あ!」
そうだ。
雲中子は確かに申公豹の家は知らないが、太上老君のマンションなら知っている。
今日は太上老君は休みだったから、家にいるはずだ。
二人が付き合っているのは重々承知していたので、連れて行けば後は太上老君がなんとかしてくれるだろう。
そうと決まれば、と雲中子は熟睡中の申公豹を背に乗せた。
「…軽。」
流石に大学生をおぶるのはきついかと思っていたのだが、申公豹の身体はあっさりと雲中子の背に乗った。
華奢だから重くはないだろうと踏んでいた雲中子だったが、予想以上の軽さに驚いた。
てくてくと夜道を歩く。
道の加減で大きく体が揺れると、小さく声を漏らす申公豹をなんとなく微笑ましく思いながら歩いていた雲中子だったが、
太上老君のマンションに着いて、さぁインターフォンを押そうか、という所で雲中子はハタ、と気づいた。
「あれ…もしかして、こんな(申公豹くんをおんぶした)状態で太上老君の家訪れちゃったら、ものすごく不本意な視線やらなんやらを浴びせられるんじゃあ……。」
もしかして、ではなく、確実に、である。
「うわー…嫌だなあ。めんどうくさいなあ…。」
とはいえ、ここまで来た以上引き返すこともできない雲中子は、これから起こることを想像して大きな溜息をつきながら太上老君の部屋番を押すのだった。
仕事帰りの雲中子、酔っ払い申公豹を拾う
5月分
少年は電車に乗ると、窓から外を見るのが癖だった。
地下鉄は面白くないが、外を走る電車の窓を見るのはすごく楽しくて飽きない。
母に連れられて田舎に来ていた。今は自宅のある都会へ、電車は走っている。
少年には少し遅い時間、瞬きの回数は徐々に少なくなってきていた。
(…?)
そんな中、目に映った光景に少年は目をこすった。
少年の乗っている電車は高いところを走っていたのだが、眼下に、もう走り終えた電車が大量に止まっている車庫があった。
その数ある電車の中のひとつの屋根に、人のようなモノが座っているのだ。
(だあれ…?)
少年は夢中になって窓の外を見た。目一杯ガラスに顔をつけて、通り過ぎていく車庫を追う。
ほんの一瞬、少年はその人のようなモノと確かに目が合った。
吸い込まれそうな程、大きな、大きな目が確かに少年を捉え、そしてきゅっと唇を上げて、微笑んだ。
「おかあさん、おかあさん!」
「なぁに?電車の中で大きな声出しちゃ…」
「いまね、あそこのでんしゃのうえに、おにんぎょうさんがいた!」
「えぇ…?やぁね、変なこと言わないで。きっと眠たくて、何かほかのものと見間違えたのよ。」
「ほんとだもん!おにんぎょうさんがすわってて、ぼくにわらってくれたもん!」
「ふふ、お人形さんは笑ったりしないでしょう?」
「でもっ…」
もう寝なさい、お家ならとっくに寝ている時間よ?
そう言って、母親が少年の体を抱きよせる。母親に信じてもらえなかった少年は、つまらなさそうに目を閉じて、先程見た光景をもう一度瞼の裏に描いていた。
***
「ねぇ、申公豹…今、電車の中の子と目が合ったんじゃないの?」
「合いましたね。少し驚いていたようでした。」
そりゃ、驚くよ。と少し遠くで眺めていた黒点虎は、車庫の電車の屋根に座っている申公豹の元へ降り立ちながら言った。
「やっぱりここ、目立ちすぎだよ。いくら夜っていってもさ、今みたいに電車の窓から見えちゃうし。申公豹みたいに変n……目立つ服着てたら、余計に、さ。」
「……。…仕方ないでしょう、ここが、待ち合わせ場所なんですから。」
黒点虎の失言は聞かなかったことにして、申公豹はまだ来ない待ち人を探すように空を見上げた。
昔来た時より、星は見えなくなってしまった。
あの時は広い草原に座り込んでいたのに、今はこの鉄の塊に変わってしまった。
それでも待ち人は同じ。
「〜〜〜〜っすまぬ!遅くなった!」
…遅刻してくるのも、同じ。
「遅いです。場所を間違えたかと思いましたよ。」
「いや、わしも場所を思い出すのに時間がかかってしまって、こうも変わってしまうと…うー…その、悪い…」
そう、謝る太公望の姿が実に素直で、そういえば彼は自分の半分の半分の半分の年も、ろくに生きていないのだと、申公豹は改めて思い出した。
「怒っておるか…?」
闇色の目が、不安そうにこちらを見てくる。それがまるで子犬のようで、申公豹は小さく笑った。
「クスクス、怒ってませんよ。でも、遅刻した罰に、今日は沢山私を楽しませてくださいね。」
「ん、安心せい。それは、遅刻してなくても保障してやる。」
にっと笑った太公望が、申公豹に手を差し出す。
迷うことなく、真っ直ぐに伸ばされたその手に、申公豹も手を重ねた。
人間の少年、待ちぼうけの人形を垣間見る
6月分 *現代パロ
「…うわー、下心見え見えだねぇ、太上老君。」
「へ?」
振り向くと雲中子がいた。
声をかけられた太上老君は言われている意味がわからなくて、疑問符を浮かべる。
太上老君の隣に座っている申公豹は、呑気に「こんにちは」と雲中子に挨拶をした。
それに「こんにちは〜」と(見た目だけ)人のいい笑顔で返して、雲中子は小声で太上老君に囁いた。
「だって、申公豹くんにそのアイス買ってあげたの君だろう?」
「今申公豹が食べてるやつ?だったら、そうだけど…?」
「棒アイスで、しかもバニラバーって…卑猥だ、」
「―――ばっっ!?違うよ!!そんな意味であげたんじゃないし!!っていうかそんな目で申公豹を見るな!!」
焦りきった太上老君の様子に、雲中子がニヤニヤと笑う。
急に大声をあげた太上老君に驚いた申公豹が、大きな目で不思議そうに二人を見上げた。
「あー、気にしなくていいよ申公豹くん、太上老君は変態だなぁっていうはなs――――いたたたた」
雲中子の顔が痛みに歪む、後ろでは、太上老君が雲中子の背中を思いっきりつねっていた。
申公豹にちょうど見えないように、である。
涙眼の雲中子が抗議した。
「ひどいなぁ。本当のことだろう?」
「薬ヲタクに言われたくない!」
「なんだいそれ、私が薬物中毒者みたいじゃないか。」
「…ある意味そうじゃないの。」
「失礼な、研究熱心なだけだよ!」
ぎゃあぎゃあ、と言い合いを始めた二人に、呆気にとられていた申公豹が、一言こうつぶやいた。
「お二人とも…仲がいいんですね。」
その言葉に反応して、二人が同時に振り返って、叫ぶ。
「「どこが!!」」
あまりにぴったりと息のそろった答えに、吹き出しそうになったのを必死に堪えて、
申公豹は暑さに溶けだしたバニラバーの残りを口に入れた。
「……そういうところです。」
小さな呟きは、まだ言い争っている二人には聞こえていないようだった。
真夏の太陽の下で言い争う薬剤師2人とそれを見守る学生
7月分 *現代パロ
どぉん、と遠くで音がして、申公豹は目を覚ました。
時計を見れば午後8時。
隣には太上老君が熟睡していた。浅黄色の髪がシーツに広がっている。
あまりにすやすやと眠っているので、誰のせいでこんな早い時間にベッドに沈む羽目になったと思ってるんだ、
と怒鳴る気も失せてしまった。
申公豹は一度息を吐き出した。いつのまにか空調が切れていて、暑い。
どぉん、ともう一度音が鳴る。
その音が気になったのと、涼しい風を入れるために、適当に服を着て申公豹はベランダに出た。
老子の家のベランダは、最上階なだけあって見晴らしがいい。
夜風が心地よかった。
しかしさっきの音は何だったのだろう?
周りを見渡しても静かな夜景が広がるだけ。
ベランダの淵に手をかけて、ぼぉっと夜景を見ていると、もう一度音がなって、そして。
「あ。」
申公豹はベランダを離れて、ベッドに戻ると、太上老君を揺すった。
「老子、老子、起きてください。」
うぅんとくぐもった声が聞こえる。
痺れを切らした申公豹は、太上老君の柔らかそうな髪をひと房、思いっきり引っ張った。
「――――っい、たぁあ…!!なに、何!?」
「起きてくれて嬉しいですよ、老子。ちょっとこっち来てください。」
顔を歪ませて涙眼の太上老君に、申公豹は髪を掴んだままにこりと笑って言った。
ベランダに向かう後ろ姿に太上老君は、申公豹ヒドい、と頭を擦りながら言ったが
申公豹はそんなことを気にしてる場合ではないらしい。
こっちこっち、と手招きされてベランダに出ると風がすぅと太上老君の顔を掠めていった。
夏の、匂いがする。
「どうかしたの…?」
「いいから、あの辺を見ていてください。」
「…?」
指差された一点を、まだ眠い目で太上老君は見つめた。
どぉん、と一つ、大きな音がして
「わぁ。」
ビルとビルと隙間、ほんの1センチくらいの大きさで、花火が上がった。
どこかで花火大会をしているのだろう。大きな、色とりどりの光が咲いて、舞って、消えていく。
「きれいでしょう?」
ふわっと、申公豹が太上老君をみて微笑った。
群青の目が細まって、白金の髪が揺れる。
(きみのほうが、)
きみのほうがきれいだ、なんて、そんな使い古された言葉を言いそうになった。
けれどきっと言ってしまえば機嫌を損ねてしまうだろうとわかっていたので、太上老君はその言葉を飲み込んだ。
そのかわりに、自分もその笑顔に応えて、微笑った。
「うん、きれいだ。」
老子と申公豹、夏のベランダで花火観賞
8月分 *現代パロ
これは夢か?
「ん……」
隣で眠っているのは紛れもなく大学の先輩だった。
きらきらと光りそうな白金の髪をシーツに広げて、端正な顔で眠っている。
え、なんで?どうして?どうなってこうなってる?
フリーズしていた頭を全速力で回転させる。
それでもさっぱり思い出せない。
ここは自分の部屋で、隣に憧れの先輩が寝ていて、しかも。
(ぜ、…!?)
服を着ていない。
掛け布団の隙間から除く先輩の肌は、日を浴びているのかどうかも怪しいほど白かった。
その陶器のような白い肌の上に、ぽつりぽつりと赤い花が散っている。
(ぼ、くがしたのか…?)
記憶はいっこうに戻ってこない。なんでこんな美味しいシチュエーションで覚えてないんだ自分!と変な怒りさえ込み上げてくる。
ぅん…、ともう一度先輩が呻った。綺麗な髪がパサリと音を立てた。
ふいに、覚えているとかいないとか、そんなことはどうでも良くなって、手を伸ばした。
これが本物かどうか確かめたくなったのだ。
する、と頬に手を滑らせる。
肌荒れ一つない頬は、滑らかで柔らかかった。
本物、だ。と胸が高鳴った。
伝わる感触も、少し掛かる吐息も、すべてが本物だと僕に伝えてくる。
髪の色と同じ、色素の薄いまつ毛が震える。
あの、印象的な大きな瞳を隠している目蓋に、指を滑らせると、ゆっくりと目が開いて僕はあわてて手を引っ込めた。
(どうしよう、どうしよう、どうしたらいいんだ?)
どくどくと心臓の音が聞こえそうなほど緊張した。
だって、そうだろう?憧れの、人が、こんな近くで、僕を見ている。
「…よ…ぜん…?」
かぁっと顔も体も熱くなった。
なんて、なんて声で僕の名前を呼ぶんだろう!と頭から足のつま先まで、緊張した。
衝動に任せて自分より小さな体を抱き寄せる。
眠たいのか、ぼんやりとあどけない目がじっと僕を見ていた。
群青の目に、吸い込まれそうになる。
「楊ゼン、」
今度は、先ほどよりも少ししっかりした声で、名前が紡がれた。
毛血色のいい唇が、誘うように薄く開いている。
もうどうにでもなれと、噛みつくようにキスをした。
「と、いう夢をみたんですがね。」
ぱくり、とお弁当のおかず(唐揚げだった)を口に放り込みながら楊ゼンが言った。
もぐもぐと咀嚼して、胃に収まっていく。
「…で?おぬし、わしにそれを聞かせてどうしろというのだ?」
ひく、と口元を引きつらせた太公望が言った。表情は一言で言うとこんな感じ。
つきあってられんわい。
「別にどうしろってわけでもないですよ。聞いてほしかっただけで。もう目が覚めた瞬間のあの失望感とか虚しさとか…!わかるでしょう!?」
「あー、うんうん、わかるわかる…。」
とりあえず相槌は打ってやるかぐらいの生返事をする太公望に気付いていないのか、はたまた気付かないふりをしているのか、楊ゼンの愚痴はまだ続くのだった。
(はぁー、さっさと告ってくっつくか玉砕するかしてくれんかのぅ…)
ぱくりとご飯を口に入れながら、太公望は友人の話を、しかたなく最後まで聞いてやるのだった。
楊ゼンの白い夢と、愚痴聞きをする友人
9月分
駈け出した。
暗い夜の一本道を、木々の間を縫って、まっすぐ、まっすぐ。
霊獣も、宝貝も置いて、自らの足で。
***
申公豹と下(人間界)に来るのは久しぶりのように感じた。
いつも僕の執務室ばかりで、教主だから離れてはいけないのだけれど、たまには外でデートしたって罰は当たらないと思う。それくらい僕はよく働いているという自負がある。
それでも、申公豹と僕が会っている、その上付き合っているなんて言うのは周りにホイホイと知らせることのできるものではなかった。
だからこうして、真夜中の人間界を、僕らは駆けるのだ。
「よ…ゼン、速い…ですっ」
後方から、息を切らした申公豹の声が聞こえた。
慌てて止まって振り向くと、10メートルほど離れたところで、申公豹が肩で息をしていた。
「すみません、少し休みましょう。」
僕が言うと、疲れ切った申公豹が、声も出せずにただ頷く。
そしてそのあと、恨めしそうに睨まれた。
「…なんで、走る必要が…あるのか、わかりませんね。時間はたっぷりあるでしょうに。」
は、と苦しそうに息を吐く、彼の意見は最もだった。
朝までに戻ればいい。仮に遅れたとしても、一緒にいる所を見られなければ、言い訳はいくらでも出来るのだ。
その為に人間界の、こんな山奥まで来ているというのに、何をこんなに急いでいるのだろう。
「そう…ですよね。なんで僕走ってたんでしょう、不思議だ。」
「はぁ…特に意味はなかったのですか?だったら歩いてください。疲れました。」
呆れ顔の申公豹が、僕の何倍も疲れた声で言った。
まだ息は荒く、口は軽く開いたままだ。
「…申公豹、もしかして…あんまり体力ありません?」
ポツリと呟いた感想に、申公豹は今度こそ恨みのこもった眼で僕を見た。
群青色の眼光が、怖いほど綺麗だ。
「…なかったら、どうだっていうんです…?」
ドスのきいた声に、すみませんごめんなさいどうもしないです、を高速で吐き出して機嫌を取った。
彼はあんなにすごい宝貝を使えるのに、どうして体力がないのかわけが分からない。
基礎体力がないのに、スーパー宝貝も術も使えるなんて、本当にでたらめな人である。
「は…ぁ…」
上気した顔で、か細い息が零れる。
寝台の上の彼を思い出して、思わず頬に手が伸びた。
「…?」
僕を見上げる顔は、もうどうしようというくらい可愛くて、自制できるほど僕は耄碌していない。
「…でも、“あの時”はすぐに気を失ってしまわれますよね?」
「なっ…」
「体力つけませんか?ここで。」
色を含んだ声で囁く。
逃げようとした身体を繋ぎ止めて、適当な木に押し付けた。
「い、いやです…外でなんて…っ」
「いいじゃないですか。誰もいませんし、新鮮だ。」
申公豹の赤く染めた顔を見降ろして、キスをした。
先ほどとは打って変わって、固く閉ざされた唇はなかなか僕を受け入れてくれない。
暴れる体を抑え込んで脇腹を撫でると、細い身体が跳ねる。
唇が弛緩したのを良いことに、割り入った舌で口腔を貪った。
ずるずると下がっていきそうな身体を支えながら一人思う。
そうだ、時間はたっぷりある。
朝までに帰れば問題ないし、仮に帰れなくても、僕は沢山の言い訳を持っているのだから。
楊ゼンと申公豹で山登り(約一名不本意)
10月分
「ほれ。」
「…?…なにか?」
太公望は口にくわえていた菓子をいったん外し、楽しげに答えた。
「ポッキーゲームをしよう。」
「ぽっきーげーむ?」
ん、知らんのか?と太公望の何気なく言った一言が、申公豹にはどうも不愉快だったらしく、眉をひそめた彼は無言で手元の書物に再び視線を戻した。
「お、怒らなくてもよかろう!今のは馬鹿にしたのではなくただの感想だっ…」
「別に怒ってません。」
明らかに声のトーンが下がっている申公豹に、太公望は嘘をつけと心の中で呆れたが目の前の野望(と呼ぶには小さいように思われるかもしれないが相手が申公豹ならばそう呼んでも差し支えないだろう)を達成するためにはここを丸く収めなければならない。
どう切り出そうか思案していると、幸運なことに向こうが喰いついてきてくれた。
「で、ルールは?」
パタンと本を閉じて、申公豹は太公望に向き合った。
あなたに負けるなんてありえませんから、という顔をしている。
太公望は心の中でほくそ笑む。
ここまでくれば、プライドの高い申公豹が自らゲームを降りることはない。
「なぁに簡単だ。二人がポッキーの端を加えて食べ進む。先に口を離したほうが負けだ。」
「口にくわえて、食べ進む…?」
「さぁ始めるぞ。」
「え、ちょっと、」
「早うせい。」
太公望に催促されて、申公豹は混乱したままポッキーをくわえた。
「ち…近く、ないですか?」
「そういうゲームなのだから仕方なかろう。」
あまりの至近距離に、思わず口を離しそうになってしまう。
太公望の闇色の目を見つめるのが気恥ずかしくて、視線を下に落とした。
大きな目を縁取る白金のまつ毛が揺れる。
スタート、の掛け声で、二人の距離がさらに近くなった。
申公豹が最初の一口を食べるのに戸惑っているうちに、太公望はどんどんこちらにやってくる。
「っ…」
5センチ、4センチ、と残りが短くなっていく。
残り3センチ足らずというところで、耐えきれなくなった申公豹はぎゅっと目を瞑り、
ぱきんっ
と、ポッキーをへし折った。
「あ゛ーっ、おぬしそれは反則だぞ!!」
太公望はそう言って、手を震わせながら悔しがった。
それもそうだ、あともう少しでキスできるはずだったのだから。
「最初にそう説明しないあなたが悪いのです!大体、こんな、こんなっ…」
こんなゲームありえない!
頬が赤くなったままの申公豹は、とりあえずうるさい心臓と湧き上がった怒りを何とかしようと、机の上の書物に手を伸ばし、投げ飛ばした。
投げた先にいたのは当然のように太公望で、彼の額にクリーンヒットしたのは言うまでもない。
申公豹と太公望でポッキーゲーム
11月分
なんだかいけない気分になってくる。
僕はベッドからなんとか起き上がってぼんやりとこちらを見つめている申公豹の額に触れた。
しっとりと汗ばんだ額からは、いつもよりずっと高い体温が伝わってきた。
「…熱、高いですね。」
「…そうですか……?」
自分ではよくわからないのですが、と呟く申公豹の声は今にも消えそうだった。
高いも何も、明らかに38度はこえているだろう。
昨日の夜は何ともなかったのに。
もしかして無理させすぎたか?と僕が後悔したところで何も始まらない。
「っ…、」
ぶる、と申公豹の体が震えた。
寒気がするのなら、まだ熱は上がるのかもしれない。
「寒いですか?」
「……は、い…」
「毛布とってき、ま…」
すよ。と、僕が言葉を言い終える前に、申公豹の細い腕が僕の羽織った上着をつかんできた。
彼はとにかく今すぐ暖を取りたかったのだろう。わかってる。
しかしこれはちょっと…かわいすぎやしないだろうか。
これじゃあ「行かないで」に解釈されちゃいますよ、申公豹。
ぎゅうと服を掴んでくる彼が可愛くて、僕は自分の上着を彼に羽織らせた。
普段はあまり意識しないのだけれど、自分の服にくるまっている姿をみた途端、彼は僕のモノなのだという感じがして嬉しかった。
彼にこんなことを言えば、私は私のモノです、と怒られてしまいそうだけれど。
僕は彼の両頬を柔らかく挟んで少し上を向かせた。
文字通り熱に浮かされた瞳が僕を見る。
そのままじっと彼を見つめていた僕を不思議に思ったのか、なんですか、と申公豹が呟いた。
呟いた後に口を閉じるのも億劫なのか、唇はゆるく開いたままだ。
僕は少し悩んで、その唇に自分のそれを重ね合わせた。
「ん…」
申公豹の指が僕の腕に触れた。
それはきっと力が入らない中での精一杯の抵抗だったのだろうけれど、僕は気付かないふりをした。
それどころかもっと深く、彼の口内を犯した。
「よ…ぜ、…っ…」
「…すみません、」
なんて謝りながらも、キスをやめる気はなかった。
くぐもった声がもれだす。
時折交る甘い声に、何かがトびそうになるを必死に耐える。
耐える。
耐え、たい。
「楊ゼ…くる…し…」
申公豹の指先にかすかに力が入って、僕は我に返った。
慌てて唇を離す。
目元を潤ませた申公豹が、苦しそうに息を吐いていた。
僕は無理をさせたことに後悔したけれど、それでもやっぱり申公豹が可愛くてしょうがなかった。
だからもう一度、重ねるだけのキスをした。
「…キス、したら…風邪うつるっていいますよね?申公豹…」
そんな建前を、吐いて。
楊ゼンと風邪ひき申公豹
12月分
外は闇。夜は深い。
彼には彼用の寝台を用意しているので、申公豹は僕の隣にはいない。
いや、いままでは、いなかった。
「……?」
もぞ、と布団が動くので薄目を開けてみてみると、隣には白金の髪を布団に深々と埋めている申公豹の背中が見えた。
線が細くて、綺麗な背中。
…じゃなくて。
もしかして、間違えて入ってきてるのか?
いやでも普通、間違えたとしても入る途中で気付くはず。
「…申公豹…?」
小さく、呟く。
返事が返ってこなければ、このまま抱き込んで、寝てしまおうと思った。
明日目覚めた彼がビックリして怒っても、僕もあなたが入ってきたなんて知らなかったんですとシラを切ってやろうと思った。
けれど、
「はい。」
彼は返事を返してきた。
寝ぼけた声ではない。はっきりとした声で。
「…ベッド…間違ってますよ…?」
僕がそう言うと彼の肩が強張った。
背中が少し丸まって、僕から少し遠くなる。
「……てません…」
消えそうな声に、僕は「え?」と言った。
「間違って、ません…。」
それは。
それは、自惚れてもいいのでしょうか?
僕と一緒に寝たくて、来たんだと、思っていいんですか?
「申公豹、」
暗がりの中で目を凝らすと、彼の耳が赤く染まっていた。
僕はこらえきれずにその細い背から彼の体を抱きしめた。
ためらいながらここへ来たのか、彼の体はずいぶん冷えていた。
「…嫌なら、戻ります。」
「まさか。ここにいてください。」
ぎゅう、と抱きしめる腕に少し力を入れた。
痛いと振りほどかれるかと思ったら、僕の手に彼の冷えた手が重なってきて、
もう嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
今なら世界の終りがきたって、満足して消えられるとおもった。
期待はずれじゃない夜を過ごす楊ゼンと申公豹