■2015年 拍手お礼小話■






1月分


「ねぇ、申公豹。」
「?ああ、はい。」
「ありがとう。」


テーブルに向かい合う師弟のやりとりに、傍らの霊獣はこてんと首を傾げて尋ねた。


「ねぇねぇ、申公豹。なんで老君がお醤油とってって思ってるのわかったの?」
「へ…?」
「だってお醤油ほしいなんて一言もいってないじゃない。」


黒点虎が首を傾げた方向に、申公豹もまた自身の首を傾けた。
太上老君はその様子を見守りながら、目の前の目玉焼きに醤油をかける。


「なんでと言われましても…。なんとなく…?ねぇ老子。」
「そうだねぇ、お互いの生活スタイルとか嗜好とかが染みついちゃってるからね。こうも長生きしていると。」
「ふぅん…?」


まだなにか腑に落ちない様子の黒点虎は傾げた首を元に戻し、「あ」と小さく声をあげた。
人間だったならポンと手を叩いているだろう、そんな声色で。


「わかった。これが熟年夫婦というやつだね!」
「っじゅ…!?」


がちゃん。
虚をつかれた申公豹が持っていた湯呑を取り落としお茶が机に広がる。
あああと慌てて布巾を取りに行く申公豹と、対照的に太上老君はのんびりと半熟の黄身を醤油に絡めていた。

「ふ、夫婦とか、そんなんじゃ…っ」
「だって申公豹と老君は、お付き合いしててもう気が遠くなるくらい一緒にいるんだから同じようなものじゃない。」
「だからって、熟年、と、か…っ」
「私は新婚をやりなおしてもいいけどなあ。」
「何いってるんですかあなたはっ!」


さらっと横やりを入れてきた太上老君に申公豹が喰ってかかった。
醤油がけの目玉焼きは太上老君の口にどんどんと消えていって、もう残り3分の1といったところだ。


「まぁ、申公豹はいつでも初々しいけどねぇ。」
「そうだよねぇ、今もこんなに真っ赤だしね。」
「…〜〜っ!」


耳まで赤く染めたスレない最強道士は、一人と一匹にからかわれて早足に自室に帰ってしまう。
そんな彼の様子に、残った2人は微笑ましそうに目を細めるのだった。



熟年夫婦師弟と霊獣


2月分
*現代パロ


「チョコレートと一緒に、彼がきゅんとする、メッセージカードを贈ろう…?」


2月の頭。
そう、世はバレンタインムードである。
来週にもなればごった返す製菓売り場やギフトコーナーに嫌気がさしていた申公豹は、今年は早めにとその場所を訪れていた。
別に何も手作りじゃなくたっていいとは毎年思っているのだが、手作りだと知った時の太上老君の何とも言えない嬉しそうな顔が好きでやめられない。
そして製菓売り場の一角、小さく設けられた文具コーナーに掲げられた文字が冒頭の申公豹の台詞である。


「そういえばカードなんてつけたことありませんね。あの人が喜ぶかどうかは謎ですけど。」


どんなカードがあるのだろうと折りたたまれたカードのサンプルに手を伸ばす。
小さなものや大きなもの。女の子が好きそうな可愛らしい柄から男性目線のシックな物まで様々だ。


『ハッピーバレンタイン!愛をこめて(はぁと)』


「う…こ、れは流石にキツい…です」


『だいすき!これからもずっと一緒に居てね』


「っ…こんな、恥ずかしいのも…ちょっと…」


カードを開けるたびに顔が赤くなるような言葉ばかりが現れる。
ぺらぺらと端から順に見ていくが、大抵のものに描かれているハートの乱舞と甘過ぎる言葉が申公豹にはどうにも受け入れられなかった。
いっその事無地にしようかとも思ったが一体何を書けばいいのやらわからない。
やっぱりいつもどうりチョコレートだけ渡そうかと手を伸ばした最後の一枚。


「あ…。」


開いて飛び込んだ文字がすとんと心におちてきて、申公豹は薄くて小さなそのカードをレジに持っていった。




そうして訪れたバレンタイン当日。
白い両手からおずおずと差し出しされたシンプルな箱に、太上老君は目を輝かせて声を上げた。


「ありがとう!」


細まった金色の目が、緩んだ口元が、どうしようもなく愛おしさを滲ませている。
その顔を見てやっぱり手作りにして良かったと申公豹は今年も思う。
しばらく感激して箱と申公豹を交互に見つめていた太上老君が、箱の端につけられたカードに気付いて首を傾げる。


「これ、読んでいいの?」
「別に…あなたにあげたものなんですから、すきにしたらいいでしょう。」


照れているのがバレバレな、ふいっとそらされた横顔に太上老君は小さく微笑む。
箱からカードを手にとって開く。
小さなカードにつづられた文字。


『あなたに出会えたことに感謝を』


それだけでも十分に太上老君は嬉しかったのだが、印刷された定型文の下、黒いボールペンで添えられた文字に思わず顔がにやついてしまった。


「これ、私からも同じ言葉を贈るよ、申公豹。」
「まぁ…受け取って、おきますよ…って、ちょっと…!」


照れと緊張で強張った身体を太上老君が抱きしめる。
赤く染まった耳元に、同じ言葉を囁いた。


「これからも傍にいてください」



バレンタインと老子と申公豹


3月分


ばか正直に、3年周期で会いに行っていた。
起きている時もあれば寝ている時もあった。かっきり3年で起きるわけでもない。
でも声をかければ応えてくれたし全く目も開けないなんてことはなった。
けれども、ここ数百年かけて思ったのだ。

私ばかりが会いに行くのは不公平なんじゃないかと。


「ねぇ、申公豹。老君のところいかないの?そろそろ起きる時期だよ?」
「知ってますけど、行きません。」
「…?なんで??」
「不公平だからです。」
「ふこうへい?」

黒点虎に不思議がられたって気にしなかった。
あの人はきっと、当たり前だと思っている。
私が会いに行くのは当たり前のことではないのだと分からせてやらねばならない。

けれど、その後1年が過ぎても老子が私の前に現れることはなかった。
顔が見たかった。
声が聞きたかった。
けれどここでまた私から会いに行くのはどうしても癪だった。
春が来て、夏の日差しが熱くて、秋の紅葉が綺麗で、冬は新雪を踏みしめた。
気付けば次の3年目が来ていて、それでもやっぱりあの人は私のもとには来なかった。
面白くない。
全くもって面白くない。

「申公豹〜、そんなに眉間にしわ寄せてないでさぁ、会いたいなら会いに行ったらいいじゃん。」
「…いやです。」
「老君があんなのなのはさ、何も今に始まったことじゃないんだし…それに」
「いやです!」

黒点虎を置いて、草原を駆けた。
後ろから黒点虎が私の名前を読んだけれど、気にせず走り続けたら足がもつれて盛大にこけた。
格好悪い。情けない。
自棄になっているのは分かっている。
だけど。



「…私ばっかり、寂しいのですか。」



目頭がじんわりと熱くなる。
そのまま脱力していると、ふわりと頭に何かが触れた。
ぽんぽんと、軽く叩くように撫でられる。
こんなことするのは一人しかいない。
解かっていたから顔は上げられなかった。

「ごめんね。」
「……。」
「ねぇ、顔を上げてよ、申公豹。」
「……。」
「遅くなってごめんね。」
「遅すぎです…ばか老子…。」

倒れた身体を起こされて、うつむいた顔を両頬に手を添えて上げられた。
長い袖から覗く彫刻のように整った指先。
もう何世紀も見ていなかったような気分になる。

「あーあぁ、綺麗な顔が泥だらけだ。目もこんなに紅くして。」

頬を撫でる体温も、哀しいくらいに懐かしい。
潤んだ視界でみた老子の顔は、やっぱり溜息が出るくらい美しかった。

「…こんな顔にしたのは誰ですか。」
「私だねぇ。」
「会いに、行くのは、」
「ん?」
「私が、会いに行くのは、当たり前なんかじゃないんですからね。」
「うん。」
「私に会いたかったですか。」
「うん。」
「寂しかったですか。」
「うん。」
「声が聞きたかったですか。」
「うん。」
「私に、触りたいですか。」
「…もちろん。」

優しい声で返事をして、目尻にキスが降ってくる。
それでは足りないと目で駄々をこねて、互いに何度も唇をついばんだ。



会いたい弟子と鈍い師匠


4月分



少し低いところにある華奢な肩。
緩く結ばれた白金の髪。それに散らばる雨粒。
まっすぐ前を見る群青の瞳。縁取る睫毛。
「入りますか」と差し出された葉傘の下、止みそうにない雨の中を二人で並んで歩いていた。


「肩、濡れておらぬか?」
「まぁ…少しは濡れますが。でもたいした事じゃありませんよ。」


傘の造りなのでどうしようもないが、当然葉先にいる方に雨水が流れていく。
柄を持っているのは自分の方だから、申公豹の黒いケープの肩口はじんわりと水を吸い込んで濃い色に変わっていた。


「…それともなんですか?私に傘を持てと?」
「そ、そういう意味ではなかろう!」
「ふふふ、冗談ですよ。」


口元に手をやって、ころころと笑う。
大きな目がやんわりと細まるのがどうしようもなく愛おしかった。


行き先もなく、雨の中を進む。
空はどこまでも鉛色をしていて、いつ雨が止むとも分からない。
けれど強まったり弱まったりと安定しない雨音に胸がざわざわと騒いだ。


「―――…ねばよいのに。」
「え?」
「いや…。」


このまま雨がやまねば良いのに。
そうすれば、ずっとお主の隣を歩いていられるのに。


柄を握る手に力がこもる。
ぬかるんだ土の上を、また一歩、踏み出した。


***

「あなたってバカなんですか?」
「なっ、ば…!」
「雨が止んだって、隣にいたらいいじゃないですか。」



雨ふりと太公望と申公豹


5月分 *現代パロ


「それじゃあ楊ゼン、申公豹のことおねがいねんっ」


語尾にハートが三つはついていそうな口調と投げキッスをプラスして、学園のマドンナこと妲己がお伴を引きつれて次の飲み屋へと出発したのが1時間ほど前。
何とか意識はあるものの、睡魔と格闘中な申公豹先輩を引きずって僕らは何とか終電に飛び乗った。


「先輩、先輩…まだ起きてます?」
「んー…」
「家、どのへんですか?住所とか…」
「じゅうしょ…は…」


しな垂れかかってくる体は男っぽさのかけらもなくて少年のようだった。
角ばっていない肩、細い首、白い肌。
酒気を帯びて桃色に染まった頬と潤んだ群青色の瞳は色っぽくて、その身体つきとのギャップがなんともいやらしかった。
小さな唇から住所が紡がれなかったのならば、このまま自分の家に連れ込んであれやこれやとしたいところである。


とはいえそういうわけにもいかず、僕はグー○ルマップに言われた住所を打ち込んで目的地を目指していた。
夜道は暗いが電灯がそこかしこにあって物騒さは感じない。
今にも眠ってしまいそうな顔をしているのに、先輩は睡魔に身を任せようとはしなかった。
それが何だか僕自身を警戒しているようでちょっと胸が痛むが、先程考えていたことが考えていた事だけに何も言えない。
てくりてくりと普段の半分ぐらいのスピードで僕らは歩く。


しばらして辿りついた家は想像よりもずっと大きなもので、思わずマップと交互に見返してしまった。
それに電気がついている。
けれど表札は確かに先輩の物だし、間違っていないようだ。


「先輩、1人暮らしでしたよね?」
「…え?そうですよ…あー…もしかしたら、きてるのかもしれませんが…」
「来てる?」


誰が?ご両親とか?と思いつつ、インターフォンを鳴らした。
ピンポーンと音が鳴ると、中からにゃぁと猫の鳴く声がする。続いて軽快な足音。




「おかえり、申公ひょ…――って、誰…?」
「へ?あ…――はじめまして。同じ大学の後輩で楊ゼンといいます。飲み会で潰れてしまわれて…送らせてもらいました。」


誰はこっちの台詞だ、とカチンときたけれど鍛え抜かれた営業スマイルと礼儀正しさでそんな感情は覆い隠す。
先輩の家から出てきたその男性は、愛想こそ足りないものの10人通り過ぎたら間違いなく全員が振り返るくらいの美形だった。
兄弟とも思えないし、なにより僕から先輩を引き取るその仕草が恋人以外の何物でもないのであった。
まさか狙っているのが自分だけだと思っていたわけではないのだが、色恋沙汰を一切表に出さない先輩だっただけに腹に砂かなにかを詰め込まれたような、重い気持ちになる。


「そう。ありがとう、送ってくれて。こんなに酔うなんて珍しいね。」
「ろうし…あなたまた…来てたんですか…?たまにはじぶんのいえにかえらないと…そうじとかしな…ぃ…」


吐息のような声が途切れて、先輩は男の胸に倒れ込んだ。
位置を調節するように何度か頭が揺れて、規則正しい寝息が聞こえてくる。
僕の隣じゃあんなに眠るのを拒んでいたのに、まるで安心しきったようなその様子にこれは敵わないなと思った。
思ったのだが。


見上げたその先、眠る先輩を抱いたその男の表情があまりにも勝ち誇ったものだった所為で、僕の闘志に火が付いてしまった。
閉まった扉のその向こう。
金色の瞳に宣戦布告。


「負けず嫌いなんですよね、僕。」



酔っ払い申公豹と楊ゼンと老子



6月分


ツイッタ―診断メーカー「花咲き病」より。

申公豹はデルフィニウムが背中に咲きました。
この花は申公豹の母親が好いた花のようです。
また、花が成長すると声を失います。



***

寝台に横たわる陶器のように白い滑らかな肌に、満開のデルフィニウム。
空のように鮮やかで、海のように澄んだ青いその花が申公豹の背に咲きだしたのはちょうど1年前だった。
原因不明の花咲き病。
清楚なその花が咲く度に申公豹の声は奪われ、そして今日、完全に失われた。

「おはよう、申公豹。」
「……。」

おはようございます、と小さな口が動く。
寝起きでとろんとした瞳がこちらを向いた。それから喉を押さえて、近くにあったメモに手を伸ばす。

声が

「うん…。」

やっぱりもう声でないんだ、とうつむく私の肩を申公豹が叩いた。
顔をあげると、怒った表情で私を見ている。

なんて顔してるんですか、うっとうしい。
「うっとうしいって…これでも君の病が治せなかったのが悔し――ぅぶッ!!」

高速で飛んできた枕は私の顔面に直撃して落下した。
衝撃でデルフィニウムの花弁が舞う。
鮮やかな青の中で、病人のはずの彼は穏やかに微笑んでいた。

辛気臭い顔しないでください。私がみじめに見えるでしょうが。

後方から差し込む朝日と、舞い上がる青い花弁の中で笑う申公豹は、こういっちゃあただの親バカ(師匠バカ?)だろうけど仙界一綺麗だった。

声が出なくなったって、私は私です。

ねぇ老子、と声を出せずに私の名を囁く君を、花が散るのも構わずにめいっぱい抱きしめた。



声を失っていく申公豹と太上老君



7月分


君が後ろを向いたときとか、横を向いたときとか。
君は気にしていないのかもしれないけど。
部屋でリラックスしてるときのその白い曲線美になんともいえない誘惑があるわけであって。


「ひっ――!?」
「あ…ごめん、つい。」


つい、透き通るように白いそのうなじを、噛んでしまったり。


「〜〜ッなにするんですかこの変態!!寄らないでくださいッ、後ろに立たないでくださいッ!!」
「うーん、つい魔がさしちゃって。」
「そんな理由で許されると思ってるんですか相変わらずおめでたい頭ですねっ、て、ちょ、もぉっいいかげんにしなさいッ!」


この肌にかかった後れ毛が、またたまらないよね。
なんて思いながらうなじを撫でようとしたらものすごい勢いで手をはたかれた。


そんな、とけそうな夏の昼下がり。



老子の魔の手と申公豹



8月分 *現代パロ



あなたに会いに行く。




コンビニの自動ドアが開くと、熱風に体全体が侵されて息がつまりそうになる。
ギラギラと眩しすぎる太陽と蝉の声。
思わず店内に戻りたくなる足を何とか前に出して、アスファルトを踏んだ。


片手にぶら下げたコンビニ袋。
ちょっと奮発した高級アイス。私は抹茶、あの人のはバニラ。
暑すぎる外気に、袋にどんどん水滴が付いていく。


ああ、急がないと。
だってアイスが溶けてしまうから。


あなたに会いに行く。

夏空の下を、駆けていく。



夏空と申公豹




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