親愛なる申公豹へ

              カトレアが咲き乱れるような季節になったね。
              眠たい頭の凡人には僕の美意識が素晴らし過ぎるばかりにどうも理解しにくいらしい。
              しかし、君は違う!君がどれだけ素晴しいかっていう
              つまらない質問は省くけれども、一度や
              二度じゃないんだ
              きみとゆっくり話をしてみたいと思ったことはね!
              てきとうに言ってるんじゃないよ?
              ほんとは僕から出向くべきなんだろうけれど
              しかしそれじゃあ楽しくない、美しくないよ。
              いまから空いてるかな?

                                 趙公明より



               仮眠室にて



              朝起きて扉を開けるとおびただしい花の匂いがして、何事かと下を向くと煌びやかな装飾に埋もれた薔薇の花束が置いてあった。
              小さなメッセージカードが付いていたけれど、そんなもの開く前から送り主は特定されていた。
              こんなイイ趣味をしているのは、趙公明ぐらいだ。


              「なんなのこの手紙?結局どうしたいのさ、趙公明は。」


              カードを覗き込んだ黒点虎が怪訝そうにたずねた。


              「…。…全く…もう少しマシな誘い方できないんですかね、あの人は。」


              ため息と一緒につぶやいて、花束を部屋の中に入れる。捨ててもいいが、…花に罪はない。


              「え。結局誘われてるの?でも自分から出向かないみたいな事言って、待ち合わせ場所も書いてないじゃない。」
              「待ち合わせ場所なら書いてありますよ。」
              「え…?どこにー…??」


              カードをもう一度読み直し、さらに裏返しにまでしている黒点虎がおかしくってついつい笑う。
              すると機嫌を悪くしたのか「申公豹だけズルい」と口を尖らせてしまった。


              「各行の一文字目を読んでごらんなさい。」
              「一文字目ぇ…?…えーっと…カ、眠しつ……あ!『仮眠室に来てほしい』だっ!」
              「そういうことです。」


              備え付けの花瓶に薔薇を生け終わると、私は扉に向かって歩き出す。


              「行くの?」
              「ええ、暇ですし…ね。」


              正直言うと、あまり気分は乗らないのだが。
              この場合、行かなかったら私があの手紙のちゃちな暗号一つ解けなかったということになってしまう。
              これでは行かないわけにもいかない。
              そこまで考えて送ってきてるんだとしたら…なるほど、本当にイイ趣味をしている。


              扉を閉めて、仮眠室に向かった。











              「やぁ、来てくれると信じてたよ!」
              「…。…なんですか、この部屋…。」


              仮眠室の扉を開けると小柄なテーブルがあって、そこに音楽を聴きながら優雅なひと時を過ごしている趙公明がいた。


              「うん?扉にも書いてあったろう?見ての通り仮眠室さ!」
              「…あなたもう少し言葉の勉強をなさったほうがいいと思いますよ。」


              これはもう仮眠室ではない。休憩室ではあるのだろうが。


              「ハハッ、つれないね。まぁ座ってくれたまえ、美味しいお菓子とお茶を用意しておいたんだ。」


              そう言うと趙公明は椅子から立ち上がって私の分の椅子を引いた。
              立っていても仕方がないのでとりあえず趙公明の向かい側に座る。
              目の前にはケーキ。生クリームがたっぷりのって美味しそう。


              「…で、あんな手紙までよこした理由は何なんです?」
              「ノンノン、そんなに急ぐものじゃないよ。まずはお茶を楽しもうじゃないか!」
              「…。」


              変だ変だとは聞いていたが、やはり変な男だ。
              いちいちアクションが大きい。
              独特のこだわりを持つのは好ましいことだと思うし、自分もそうなので偏見はないが…このテンションは…疲れる。


              「あぁ!すまないけれど少し待ってくれないかい?」


              ケーキに手を付けようとすると、制止の声がかかった。
              趙公明を見ると、彼は何処からか小さな入れ物と、背の高い透明な耐熱グラスを持ってきた。
              入れ物の方が私の目の前に置かれる。
              微かに音を立ててその蓋が開かれた。




              「……錦上添花…ですか…?」




              まるで当ててくれと言わんばかりの趙公明の視線に応えて、私はその物の名を紡いで趙公明を見返した。
              彼の顔がみるみる嬉しそうな表情に変わる。


              「すばらしい!さすがだよ、いかにもこれは錦上添花(ジンシャンティエンフア)だ。」


              趙公明が大げさに拍手をして言った。


              錦上添花は工芸茶と呼ばれるお茶の一種だ。
              乾燥した茶葉を一つ一つ丁寧に糸で縛り、牡丹型に形作ってある。


              「…また面白いものを用意しましたね、あなたは。」
              「これで少しは急に呼び出した非礼を許してくれるかい?申公豹。」
              「…。…ほんのすこし。」
              「それは良かった。」


              面白い、といってもこの茶葉の形だけを指しているのではない。
              工芸茶が面白いのはここからだ。


              「最近工芸茶にハマっていてね、誰かと飲みたいと思っていたのさ。」


              錦上添花を一粒落としたグラスにお湯を注ぎながら趙公明が言う。
              随分慣れた手付きだ。


              「…それで私を呼んだんですか?」
              「まぁそれもあるんだけれどね…申公豹、さっきも言っただろう?そう急ぐことはない。…ほら、楽しもうじゃないか。」


              お湯を注ぎ終わった。
              二人ともグラスに視線を注ぐ。言いようもない沈黙がおりた。


              「そろそろだよ。」


              趙公明の声とともに束ねられた茶葉がゆっくりと開いた。
              そのまま一つ、二つ、三つと花開く。
              三連の菊の花。
              見るも鮮やかな純白の菊が、湯の中に揺れ咲いた。




              「…美しい。」




              私は思わず感嘆の声をもらした。


              錦上添花。錦上に花を添える…美しいものの上にさらに美しいものを加える。
              まさにその名にふさわしい。


              「ああ、美しい。やはり君を呼んで正解だったようだ。聞仲君は興味を持たないだろうし、妲己はまた違ったことを言いそうだしね。」
              「褒めても何も出ませんよ。」
              「ハハハッ、僕は見返りを求めるような卑しい男じゃないよ?申公豹。」


              美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。
              清楚で上品な香り。
              その香りが部屋中に広まって、ケーキが後ひと口程になっても趙公明はこれといった話題を切り出さなかった。
              このケーキは何処のだとか、このお茶はどうやって手に入れたとか、後は世間話。
              ますますこの部屋に呼び出された意味がわからない。
              ついにケーキもなくなった。


              「もういいでしょう?そろそろ用件を言ったらどうです?」
              「ハハッ、用件なら今済ましてる最中さ。」
              「…は?」


              私は顔を思いっきりゆがめた。
              そんな顔をしないでくれよ、と趙公明が苦笑した。


              「カードにも書いてあっただろう?君と、『ゆっくり話してみたかった』のさ。」
              「…まさかそれだけなんですか?」
              「ああ、それだけさ。最強の名をほしいままにする、気まぐれな道士と、一度話してみたかった。」


              にこりと微笑んで趙公明が言った。
              からかっているのかと思ったが、碧の瞳にそんな様子はうかがえなかった。
              私もつられて笑った。


              「…なかなかおもしろい人ですね、趙公明。」
              「君にそう言ってもらえて光栄だよ。」


              私は席を立った。もう用件は済ましたのだから、長居は無用だ。



              「また面白い事があれば呼んでください。」



              扉を開ける前に、振り返ってそう言った。
              趙公明はただ笑って頷いた。
              ゆっくり廊下を歩き出す。



              目を閉じると、錦上添花が変わらぬ姿で揺れ咲くのが見えた。













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              趙公明は申公豹にどんなお茶を出すかなーと思って検索してたら
              工芸茶にヒットしまして…すごい綺麗だったのでそのままガーッと書いちゃいました(笑) 
              「錦上添花」で検索したら写真が見れると思いますのでぜひ!
              東北様、100hitありがとうございましたvv
              趙公明+申公豹ということで…ご希望に叶っているとよいのですが…ど、どうでしょうか…?

              07/3/3

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