やわらかい日の光が差し込むこの清々しい春の日に。
みずあそび
太上老君がじぃっと見つめて止まないその先には、言わずもがな愛しい愛しい弟子の姿。
自分はベッドに横になって、春の日差しの中で読書中の小さな背中を見ていて、ふと思った。
(…髪…きれいだなぁ…。)
解くと肩に掛かるくらいの申公豹の白金の髪は、春の光が反射して大層美しかった。
「ねぇ…申公豹。」
「……。」
読書に没頭中の愛弟子はなかなか返事をくれない。聞こえてはいるのだろうが、返事が面倒らしい。
「ねぇってばぁ…、申公豹。」
「……はい…?」
視線は活字を追いながら、生返事が返ってくる。
「髪、洗わせて。」
「は…?」
ぱたん、とキリが付いたのか本を閉じた申公豹が、やっと太上老君の方を向いた。
視線が合ったのが何となく嬉しくて、太上老君の頬が緩む。
「いや、なんか綺麗だし。触りたいなぁと思って。」
「だったら別に洗う必要ないじゃないですか。」
「そうなんだけどさぁ、なんか洗いたいんだよね。…どうせ暇なんだしいいでしょう?」
申公豹は少し悩むような表情をしたが、断る理由も無かったので太上老君の申し出を呑んだ。
それならば、と太上老君はベッドから起き上がると、珍しくテキパキと用意を整えた。
「はい、ここ座って?」
「…。老子…なんで外なんですか…。」
太上老君がシャンプーやら何やらを持ってきたのは風呂場ではなく、庭。
ホースにシャワーヘッドまで取り付けて、準備万端である。
「だって天気が良いじゃない。」
「あのですねぇ…髪洗うんでしょう?わたし裸にならないとダメなんですよ!?なんで庭なんですか!!」
「大丈夫だよー、中庭なんだから外から見えないし。だいたいここ訪ねてくる人ほとんど居ないし。」
そういう問題ではない気がするが、太上老君は止める気が無いらしい。
大丈夫大丈夫、と言って急かす太上老君に申公豹はあれよあれよと言う間に乗せられてしまい、ついには庭で洗髪するハメになってしまった。
「申公豹ー、早くー…!」
「はぁ…。」
ため息をつきながら庭に出た申公豹は、腰にタオルを一枚巻いただけ。
いくら中庭だからと言っても、何となくいたたまれない気分になる。
ここまできたら早く終わらせたいと思った申公豹は、春の日差しに身を投げた。
「痒いとこないかい?」
「…ん…ない、です…。」
普段は服に隠れて見えない太上老君の細くて綺麗な手が申公豹の小さな頭を洗っている。
白い指と白金の髪が何とも言えない綺麗さ。
春のぽかぽか陽気は、タオル一枚の申公豹でも暖かく心地いい。
それに加えて髪まで洗ってもらっているので、ゆるい睡魔が襲ってくる。
「流すよー。目、瞑ってね。」
「…ん。」
風呂のそれより少し荒いシャワーが降り注ぐ。
泡を流しながら水を受けてキラキラと輝く絹のような髪に、太上老君は少し酔う。
感触を確かめながら髪をすくと、自然と笑みがこぼれた。
「はい、おわりー。」
まだびしょ濡れの申公豹にそう告げる。
やっと終わったと思った申公豹は、早く髪と体を拭こうと立ち上がろうとしたのだが、太上老君に肩を固定されてそれは叶わなかった。
「…なんですか?」
「もうちょっとこうしとこうよ。」
にっこり微笑む師に申公豹は呆れかえる。
「嫌ですよ。このままだと寒いし…。」
「じゃぁこうしとくからさぁ。」
「ちょ…っと!」
太上老君は服が濡れるのも構わずに、目の前の弟子をぎゅうと後ろから抱き締めた。
「放し、て…くださいっ…老子!」
「んー…?嫌ぁ。」
「…っ…ひゃ…ぅっ」
太上老君の手が脇腹を撫で上げたので、申公豹はびっくりして声を上げた。
それがお気に召したのか、太上老君の手がどんどん悪質に動き回るようになったので、申公豹はなけなしの力で思いっきり肘鉄を食らわした。
「いッ…!!」
どうやらクリティカルヒットした申公豹の肘鉄に太上老君は堪らず脇腹を押さえる。
解放された申公豹はパタパタと太上老君から逃げた。
「痛いよー…申公豹。」
「ば…ばかっ!変なことしないでください!もう知りません…っ!」
顔を真っ赤にした申公豹は、怒って服を着替えに行ってしまった。
後に残された太上老君は、うららかな日差しの中で、どうやってあの可愛い子の機嫌を直そうかと、空を仰いで少し笑った。
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あの…イメージ的には庭で散髪をしてるイメージなんですけど、
それじゃぁ普通すぎかなぁと思って洗髪にしてみました(笑)
07/2/11
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