それは焦がれていた姿。
   本来の時の中へ
  すとん、と座りこんではいるが今までで一番うまく着地ができた。これも老子のおかげなのだろうか。
  「あ。」
  辺りを見渡した。
  最初に、昼寝をしていた場所だ。
  ということは…戻ってきたのだろうか…?
  「随分呆けた顔をして…また昼寝でもしていたのですか?あんまり寝るとどこかの誰かさんみたいになりますよ。」
  凛と通った声に、驚いて振り向いた。
  お決まりの道化服に、少し口角の上がった唇。でもどこか呆れ顔で自分を見下ろしている。
  「申公豹…?」
  「なんです?幽霊にでもあったような顔をして。」
  そう言って訝しげに眉を寄せる。
  目の前の人物は、正真正銘自分の良く知っている申公豹だった。
  自分を知らぬ、過去の幻想ではない。
  「ちょっ…!?」
  わしは思わず、考えも無しに申公豹に抱きついた。
  行動してから事の重大さに気付いたが、今更離れられるわけもない。
  華奢な身体。けれど、あの、牢のような地下室であった時よりかは随分としっかりしている。
  大きな群青色の目は、無垢さと純粋さと絶望と恐怖と愛情を色々に混ぜ込んで、こんなに不思議な色をしているのだと知ってしまった。
  「は、離してくださいっ」
  驚いて、困惑して、上擦った声で申公豹が叫ぶ。
  それもそうだ、だってわしがお主を好いていることなど、なにも知りはしないのだろうから。
  …今ここで、言ってしまえばいいのだろうか。好きだと。
  じたばたと逃げようとする身体を押さえこんでいると、あの細い三日月の夜に羽交い絞めにしたことを思い出した。
  今はもう、あんなふうに怯えることはないのだろうけれど。
  けれどあの哀しい夜が何年も、あるいは何十年も繰り返されていたのかと思うと、すこし泣きたい気持ちになった。
  鼻先を、肩口に押し付ける。
  ふんわりと香る匂いに、眩暈がしそうだった。
  「もう…なんなのですか、一体…。」
  逃げることを諦めたのか、申公豹はだらりと腕を下におろして身体を弛緩させた。
  それに合わせるように、抱きしめる腕はそのままに、わしも力を抜いた。
  おぬしを。
  おぬしを創り上げている幾千年に、わしの姿はない。
  そんな当たり前でどうしようもないことを、過去のおぬしを見てきて突き付けられた。
  だが出会いが遅かったと嘆きたいわけでもない。
  これから先おぬしの記憶の中に、一つでも多くわしとの思い出があるように。
  わしと創り上げる何かがあるように。
  埋めていた顔を上げて申公豹を見た。
  硝子玉の様な群青色の瞳に映し出された自分の顔が、変に自信に溢れていて噴き出しそうになった。
  実際は笑いを噛み殺したような表情になったが。
  「なんなのですか…一人でにやにやして。熱でもあるんですか?」
  「すまぬすまぬ、そうではない。なぁに、全てこちらのことだ。」
  「はぁ?」
  意味が解らない、と申公豹が首を傾げた。
  タイムスリップして過去のおぬしに会ってきたとは言わないでおこう。
  いつかおぬしのその口から昔話が語られる時を楽しみに待っていよう。
  そう決意して腕を解いた。
  ゆっくりと離れていく身体を名残惜しく思う。
  のぅ、申公豹。
  わしは今、道士でよかったと心から思うよ。
  これから何世紀と、おぬしと同じ時を刻めるのだから。
  
  「そうだ、少し散歩せぬか?申公豹。」
  「そうですねぇ…暇ですし。付き合ってあげてもいいですよ。」
  にっ、と申公豹の笑みが深くなる。
  どこか高慢な態度も、好ましいと思ってしまう自分は結構重症なのかもしれない。
  「よし!ではいくぞ!」
  「えっ、ちょっ…ちょっと…!?」
  
  グローブ越しの手を捕まえて走りだす。
  たくさん思い出をつくろう。
  記憶を残そう。
  
  今ここから。
  未来をつくる
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  ふはー遅くなってすみませんでした、5周年企画最後のお題です。
  カップリング要素が少なくて物足りなかったかもしれませんね、次の企画の時はその辺を改善します(笑)
  全体的に太→申なつもりです。方思い太公望。
  なんだか最後は青春まっさかりな感じで恥ずかしいですがそこが太申のいいところかなぁと思います。
  太公望のでてるお話少なかったから、5つも書けてよかったなぁと思います。
  なんだか作文のようなあとがきですね。そろそろ終わります。
  企画にお付き合いありがとうございました!
  13/1/29