再会をずっと待ってた。



             とおいきおく



            もう随分前の話になる。
            僕が初めて申公豹に会った時の話。最もその時はまだ、彼が何者なのか知らなかったのだけれど。

             *

            ゆるい日差しの射す日だった。思わず散歩に出かけたくなるようなそんな天気。
            その例に漏れなかった楊ゼンは、度々訪れるようになっていた人間界の空を散歩していた。
            随分空を漂っていたが、最中の森の真ん中になんともまぁぽっかりと空いた部分を見付けて、これはいい場所だとそこまで哮天犬を走らせた。


            「大きい池だな…。」


            小さく呟いて、そのほとりまで近寄った楊ゼンは、前方に人がいるのに気付いた。


            (人間…?…仙道かな…。)


            後姿からは性別も分からない。肩までの白金の髪がはらはらと風に揺れている。
            あまり見ないような髪の色。
            それにどうも、まとう雰囲気が…表現しにくいのだが普通のそれとは違う。
            せめて顔が見れたら、と楊ゼンはその人物にゆっくりと近づいていく。




            「なにか御用ですか?」




            池を見つめたままのその人が、急に言葉を発したので、楊ゼンは大層驚いた。
            気配は確かに消していたはずなのに、何で気付かれたんだろう。
            心拍数の上がった心臓を持て余しながら、楊ゼンが答えた。


            「…すみません、声もかけないで。用は特に無いんです。」
            「そうですか。」


            ふと、肩越しに振り返ったその容姿に目を奪われた。


            白磁のような肌に、大きな群青の瞳。年齢不詳のその顔には、小さく笑みが浮かんでいた。
            視線が外せない。


            「…座らないんですか?」


            ボーっと突っ立っている楊ゼンに彼は声をかけた。
            耳に良く通る声。楊ゼンはここまで来てようやく目の前の人が男であることに気付いた。




            どうしよう、男にときめいてる。




            一目惚れなんて信じていなかったが、こればっかりは一目ぼれとしか言いようが無い、と腰を下ろしつつ思う。
            風に揺れる髪に、白い頬に、血色のいいくちびるに、目が行ってしまう。


            「あの…貴方も仙道、ですよね…?」
            「ええ。」


            まだ池に視線を移した彼が答える。
            彼の膝まで服が捲り上げられた脚は、透明な水の中で揺れている。あんまり細くて白い脚に、楊ゼンは眩暈を覚えた。


            「あ、名前…言ってませんでしたよね。僕は…」


            そう言いかけた楊ゼンの口を白い彼の指が拒んだ。
            急なことに、またも楊ゼンは驚いた。


            「いいじゃないですか、名前なんて。名前が無くても話は出来ますよ…?」


            ふっと笑った彼は手を引っ込める。
            彼はすでに楊ゼンの事を知っていたし、返事に自分の名前を言うのが嫌だったんだろう。
            そんなことを全く知らない楊ゼンは、彼の言うことに納得して出掛かった名前を飲み込んだ。


            「ここにはよく来るんですか?」
            「いいえ、たまたま今日寄っただけです。貴方はどうなんです?」
            「あ、僕もそうです。たまたま、いい場所だなって思って。」


            二人が此処にいることが全くの偶然であることに、楊ゼンは少し嬉しくなった。
            でもそれは同時に、こんな偶然が無い限りもう会うことが無いかもしれない、とも示唆していた。


            重なる世間話。
            取るに足らない、どうでもいい話。
            楊ゼンは、もっと彼を知りたいと思ったけれども、彼はどんな質問もかわしてしまって何も分からないままだった。


            話が途切れがちになったとき、ふと風を切る音が聞こえた。
            楊ゼンは空を仰ぐ。彼は池を見つめたまま。




            「ねぇ、休憩終わった?」




            それは霊獣だった。
            楊ゼンは、隣の白い彼が徳の高い仙道だとわかって、少し恐縮した。


            「ええ。もう帰りましょうか。」


            ぱしゃ、と水から白い足を出して彼が言う。
            濡れた足もそのままに、捲くった裾を下ろして裸足のまま霊獣の傍に寄る。
            呆然と見つめる楊ゼンに、彼が顔を向けて言った。


            「では。」


            それにはっとなって、言葉を返す。


            「あ…はい。」


            白い霊獣に跨った彼は、あっという間に空に舞い上がって見えなくなった。
            一人残された楊ゼンは、なんだか心に穴が開いたような空虚を感じた。


            「また、会えたらいいなぁ…。」


            ゼロに近い期待を持った自分を少し哀れに思った。
            彼のように小さく笑う。
            彼が去った方向をじっと見つめて、そうして楊ゼンは帰路についた。













            遠くの空では、白い彼と霊獣が、風の中で会話をしていた。


            「申公豹には珍しいんじゃない?他の仙道とおしゃべりなんてさ。」


            おもしろそうに話す霊獣に微笑んで答える。


            「彼は貴方の知人にもなりますよ、黒点虎。もっとずっと先の話でしょうが。」
            「なにそれー…、ボクは申公豹と老君がいれば、それでいいんだけどなぁー。」
            「ふふ…なんだか貴方らしいですね。」


            申公豹の言う「もっとずっと先」とは封神計画の時期のことを指しているのだろう。
            風の中で、申公豹は黒点虎にも聞こえぬように小さく笑ってつぶやいた。




            「また会いましょう、楊ゼン。」













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            申公豹の白い足を見てみたい。
            白金の睫毛を見てみたい。
            なんて思いながら書いた気がします(笑)

            07/不明

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