今日はバレンタインだから、彼のところを訪れる。
   すると予想通りというかなんというか、彼の書斎はプレゼントの山だった。



    我侭なハート



   「すごい量ですね。」
   「あ、ははは…」


   楊ゼンの乾いた笑いを聞きながら、私は包みからして気合いの入ったプレゼントたちと楊ゼンを見比べた。
   …どう考えても食べきれない量だ。


   「もしかして…あなた、これ全部食べるんですか?」


   いちようそう聞いてはみるものの、フェミニストな彼のこと、当然返す言葉は決まっている。


   「ええ、女性たちが頑張って作ってくださった品でしょうから。」


   一片の曇りもなく、凛とした声で彼は答えた。
   彼の、こういうフェミニストなところは純粋に好ましいと思う。
   確かに私は彼の恋人…なのだろうが、彼が女性から好意のこもったプレゼントを受け取っても別に嫌な気分にはならない。
   大体こうして私と彼が会っていること事態お忍びに近いのだから、彼女たちは当然楊ゼンはフリーだと思っているわけで。
   今日この日に彼に思いを寄せる者が機会を狙ってくるのは当然のこと。
   受け取るな、渡すなというほうが無理な話だ。


   「あの、申公豹…」


   山積みのプレゼントを手に取りながらしげしげと眺めていると、楊ゼンがおずおずと話しかけてきた。


   「…はい?」
   「えーと…今日ここに来てくださったということは、つまり…その、」
 

   頬を掻いて、視線をそらしながらそわそわと彼は珍しく言葉を濁す。
   言いたいことはわかっている。
   それなのに、「なんでしょうか?」と先を促す私は意地が悪いと思う。
   

   「いただけるんですよね…?チョコレート。」


   期待と不安の入り混じった碧色の瞳が私を見た。
   私は後ろ手に持っている箱に力を込める。
   周りに積まれたプレゼントからすると、明らかに見劣りのするシンプルな箱に、中には味の保障のないチョコレート菓子が入っている。


   これでも時間はかけたのだ。
   菓子を作るなんて何世紀としていなかったのでバカみたいに何回も練習した。
   作っては食べ。作っては食べ。
   今でも家にはむせ返るような甘ったるい匂いが残っているはずだ。
   結果、納得のいくものが出来て今日こうして持って来た。
   彼はほころぶような笑顔で受けとってくれるだろうから。
   でも、いざ来てみると彼には他にもたくさんのプレゼントがあって。


   …そうしたら自分の作ったものなんてまるで価値がないような気がしたのだ。







   「…これ以上食べたら、お腹壊しますよ…?」


   一歩、入ってきた窓の方へ後ずさる。
   帰ろうかな…。
   外には黒点虎が待っている。体力は使うが、術で転移したっていい。
   目の端が熱くて下を向いた。
   なにを、泣きそうになっているのだろうばかばかしい。
   こんなこと初めから分かっていたではないか。彼は私一人のものではない。
   昔から多くのものに注目され、羨望され、そして今は仙人界のトップに立っている。
   わかっていたことだろう?


   もう一歩、窓の方へ足を踏み出すと、その足が着地する前に私は彼の腕の中に閉じ込められていた。


   「もしかして嫌でしたか…?僕が他の人からプレゼントをもらうこと。
    嫌なら言ってください。確かに女性たちからのプレゼントは大切です。けれど、あなたから貰える物はそれとは次元が違うほど大切です。
    この部屋にあるプレゼント、全部捨てたってかまいません。」
   「そんなことっ…!!」


   そんなことしなくていい。
   そうだ、これはくだらない嫉妬なのだ。
   どれほど理屈でわかっていても、抑えられない醜い独占欲。



   私だけのあなたであって欲しい



   ただその一文に込められた狂おしいほどの思いを、今は言ったりしないから。
   一つだけ。
   そう、一つだけ。願いをきいてはくれないだろうか。


   「他のプレゼント、捨てたりなんかしなくていいですから…だからっ…――私のを一番に食べなさいっ…!」


   ばこっ、と彼の胸の辺りに持っていた箱を押し付けた。
   あぁもうどうしてこうも可愛げのないことをしてしまうのか。
   本当はもっと笑顔で。
   本当はあの碧の目を見て渡したいのに。
   本当は…




   「…ありがとうございます。」


   箱が楊ゼンの片方の手で受け取られたと思ったら、私の伏せたままの顔は方頬を包まれながら持ち上げられ、
   頭一つと少し高い位置から、礼を言う声と一緒にキスが降りてきた。


   「ん…」


   唇を触れ合わせるだけの長い長いキス。
   息が詰まるくらい優しくて、胸が痛くなるほど切ない。
   たっぷり続いた口付けは、最後に下唇を舐められて離れていく。


   「嬉しいです…もちろん一番にいただきますよ、申公豹。」


   離された唇にはまだ柔らかい感触が残っていた。
   酸欠のぼぉっとした目で見上げると、彼はそれはもう綺麗に微笑んでいて、それだけでさっきまで沈んでいた気持ちは何処かに行ってしまった。







   彼の書斎の中に、プレゼントは目移りをするほどの量。
   そんな大量のプレゼントそっちのけで、私のあげたチョコを嬉しそうに食べる彼を見る私の顔は、
   …それこそチョコレートのようにとろけて緩んでいたに違いない。














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   うっかりすばらしく乙女チックな申公豹が出来上がってしまいましてもうなんと言ったらよいのか。
   楊ゼンってすごくフェミニストなイメージがあるので、こんな話になりました。
   ハッピーバレンタイン!
   申公豹が幸せならわたしはもうそれでいい(笑)


   08/2/14




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