申公豹が下(人間界)から上(仙人界)にある家まで戻ってくると、部屋の中に見覚えの無いものがあった。
   簡素な家におよそ不釣合いな、黒皮の豪奢な四足の椅子。
   なんでこんなものが、と椅子の前に回りこむとそこには太上老君が熟睡していた。


   「また無駄な買い物を…。」




     わるだくみ




   椅子に座ったまま眠り込んでいる太上老君の姿勢は形容するならば「だらー」という感じだった。
   深く腰掛けすぎていて、体がずり落ちそうである。
   こんな姿勢では体が痛いだろうに良く寝ていられるな、と申公豹は思った。


   「老子、老子っ、落ちますよ!」


   いちよう声はかけてみるが、反応はない。
   しかしそんなことはいつもの事なので、申公豹はため息を一つ吐いてからお茶でも飲もうと体を翻した。
   その時、何かに引っ張られて前に進めなくなる。
   見ると、太上老君がにっこり笑って申公豹の上着の裾を掴んでいた。


   「おかえり。」
   「…狸寝入りとはイイ趣味してますね。」


   皮肉たっぷりに申公豹が言うと、太上老君は心外だと笑顔を崩した。


   「違うよ、今起きたんだよ。」
   「嘘おっしゃい、声かけても返事しなかったじゃないですか。」
   「だから、その声でだんだん意識が戻ってきて、今完全に目が覚めたんだ。」


   信じてくれないの?と上目で太上老君は言うと、申公豹の手袋をしていない白い手を取ってその甲に口付けた。
   ちゅ、と音を立てて離されるその行為に申公豹の頬が赤に染まる。
   手を振り払おうとすると、逆に腕を引かれて申公豹の体は大きく前傾した。


   「ぅわっ…!」


   ぽす、といい音を立てて、申公豹の体は太上老君の上に跨った状態になっていた。
   ただ腕を引くだけでこんなに上手くいくはずが無いので、タイミングを見計らって同時に腰も引かれたのだろう。


   「なんのまねです!?」
   「なんだろうね。」


   よっこいせ、と太上老君はずり落ちそうだった自分の体を直して、申公豹の体の位置を固定した。


   「放してくださいっ」
   「ヤだ。」


   思った以上に強い金の瞳でそう言われて、申公豹はたじろいだ。
   声を詰まらせ、話題を変えようと言葉を探す。


   「そ、ういえば…この椅子どうしたんです?」
   「ん?この前買っちゃった。もう、寝心地がすんごい良いの。」


   クスクスと笑いながら楽しそうに太上老君は話した。
   その合間に、手がするりと脇腹に進入してさえいなければ、申公豹は無駄遣いをするなと文句を言えただろうに。
   撫で上げられる感触に申公豹は息を呑むしかなかった。


   「あっ…」


   漏れた声に思わず手で口を覆った。
   普段なら、こんな事ぐらいで声を上げたりしないのに。
   そう、困惑している申公豹を見ながら太上老君がまたクスリと笑った。


   「どうかした…?」


   余裕綽々で問うてくる太上老君を、申公豹がキッと睨む。
   いつもと違って、跨っているので見下ろすことになる師の顔に違和感を覚えた。


   「そう睨まないで。よく考えて。」


   顔を引き寄せられて、耳元に低い声が直接注がれる。
   その声が腰を通り抜けていき、立っていたら確実に床にへたり込んでいただろうと申公豹は思った。
   考えて、と言われても思考が上手くまとまらない。
   こんなに体が反応ししまう理由なんて、思いつかない。
   黙りこんでしまった申公豹に痺れを切らして、太上老君が言った。


   「ねぇ…ごぶさたでしょ?」


   そう言うと、申公豹が当たり前のように「何が?」といった表情をしたので太上老君はがっくりと肩を落とした。
   いや、まぁ予想はしてたけどね…、とぶつぶつ呟いた後で太上老君は「何が?」の答えを申公豹の耳に囁いた。
   それを聞いた瞬間に、申公豹の顔が耳まで染まった。


   「な、なっ…」
   「だから、体の感度があがってる。ほら、そう言われたらそんな気がしてこない…?」


   腰に添えられた太上老君の手が、じわじわと申公豹に熱を伝えてくる。
   確かに太上老君の言うとおりであった。
   長い間他人に触れられていない体は、申公豹にとっては憎らしいほどに感度が良かったのだ。
   這い回る手はとうとう胸まで辿り着き、淡い先端を摘みあげた。


   「ゃっ…」


   申公豹は刺激に耐えようとぎゅっと目を瞑った。
   疼く。体が。
   視界が閉ざされて他の感覚が冴えていた。
   結局刺激に耐えられなくて、閉じた目を開いてはじめに飛び込んだ金色の瞳は、餓えた獣のそれに良く似ていた。


   「…シたいでしょ?」


   低い声がそう囁くと、ぐっと頭を勢いよく引かれた。
   重なった唇は熱く、貪るような口付けは息を吸う暇さえ奪った。
















   熱い。そして窮屈だ。
   その二つの事を申公豹は思った。


   「あっ…ぁ、やっ…ろぅしっ…」


   申公豹はもう申し訳程度にしか服を纏っていなかった。
   性器に直接与えられる刺激はいつも以上に大きくて、快楽に耐えるために申公豹は太上老君の首に腕を回して顔を肩に埋めていた。
   勃ちあがった性器からはとろとろと蜜が溢れ、申公豹の肌はもちろん太上老君の手や服も濡らしている。
   扱く度にあふれる水音がいっそう申公豹の羞恥心を煽っていた。


   「申公豹…顔上げて。見えない。」


   その声に戸惑うように軽く上げられた顔を、太上老君が顎を取ってよく見た。
   申公豹の大きな群青の瞳は潤み、目元が赤く染まっていかにも扇情的であった。


   「かわいい…」
   「かわいくなんか…っぁ、ひゃぅ、…ない…っ」
   「ううん、かわいい。」


   太上老君は震える薄紅の唇に口付けた。
   そのまま唇は下に滑り、今はもうぷっくりと立ち上がっている胸を食んだ。


   「ゃ…ん、んんっ…!」


   申公豹はとっさに後方に身を引こうとしたが、椅子の上というこの窮屈な状態では意味が無い。
   走った刺激に太上老君の手の中にある下腹の熱がとぷりと蜜をこぼしたのを感じて顔が熱くなった。
   密着しすぎている。
   自分の熱も相手の熱もリアルにわかってしまう体勢は、申公豹には居たたまれなかった。


   「ろ、ぅし…老子、おろして…っ」
   「だめ…今日はここでするの。」
   「で、も…――っあァッ!」


   言い終わる前に、太上老君の指が申公豹の後孔を貫いていた。
   あまりの刺激にとっさに太上老君にしがみついた申公豹の体はびくびくと小刻みに震えている。
   太上老君は手に生暖かな感触を感じた。
   見ると、掌にはべっとりと白濁が吐き出されていた。


   「申公豹…そんなに気持ちよかった…?」
   「ぁぅ…う、うるさ、いっ……」


   申公豹はそう言って誤魔化すのが精一杯だった。
   まさか指が入っただけでイくなんて自分でも思っていなかったのだ。恥ずかしくて耳まで赤くなってしまう。


   「ほんとに…どうやったらそんなにかわいくなるかなぁ…。」
   「だからっ…かわいくなんか…ァ…あっ…だ、めですっ…まだ…!」


   動かさないで、という言葉は嬌声に飲み込まれた。
   後孔に忍び込んだ太上老君の指が確実に申公豹の感じるところを押し上げてくる。
   射精したばかりの敏感な体は少しの動作にも震え、跳ねた。


   「ひ…あっ、や…ぁあっ…!」


   まるで達し続けているような感覚に狂いそうだ。
   中を押し広げるように太上老君の指が奥へ奥へと進んでいく。
   さんざん申公豹を高めたその指は、2度目の絶頂の寸前でずるりと引き抜かれた。


   「ぁ…ろ…ろぉし…?」


   急に何もしてこなくなった太上老君を申公豹は不安そうに見つめた。
   師の目は爛々と輝いていて、嫌な予感が申公豹の胸にふつふつと湧き上がる。


   そしてそれはいつもの様に見事的中するのである。




   「自分で挿れて、動いてごらん。」




   それはもう穏やかで優しげな口調だが、言っていることは申公豹にとってとんでもない内容だ。
   何を言われているのか一瞬分からなかったくらいに。
   その意味を理解した後は頭が爆発しそうだった。
   恥ずかしさと怒りと、不安で。


   「そ、そんなの…できな…」
   「おや。…じゃあこのままでいいの?」
   「ひっ…」


   低い声が耳元で囁いて、細い指先が後孔をするりと撫でた。
   さんざん焦らされているそこはそれだけでヒクつき、太上老君の指をくわえようと蠢く。


   「欲しいでしょ…?」


   悪魔のように甘美な声が耳元に注ぎ込まれる。
   申公豹の体はもう限界を超えていた。
   理性で抑えるとか、もうそういうレベルではない。
   プライドだけが申公豹を躊躇わせていた。
   そのプライドを崩したのは、与えられる許容量を越える快楽。
   焼け付くような情欲。











   「っ…は、ぅぅ…」


   腰を半分落とした体勢で、先端を飲み込んだまま申公豹は固まってしまった。
   早く奥に欲しいのに、期間を置いていた所為で忘れていた恐怖心が出てきてしまっているようだ。


   「大丈夫、ゆっくり体落として。」


   かたかたと震える申公豹を、太上老君は優しい手つきで撫でた。
   それに促されるように申公豹が腰を沈めていく。
   生々しい音が簡素な部屋に響く。
   徐々に増加する内部の圧迫を感じながら申公豹は思った。


   時折甘く息を漏らしながら、こちらを見つめてくる太上老君の顔はまだまだ余裕で。
   自分ばかりが欲情しているみたいだ。


   けれど、申公豹の考えは少し外れていて。
   太上老君は全然余裕ではなかったのである。
   ただ、かわいい恋人が一人で頑張る姿が見たいというただそれだけの理由で、衝動的に突き上げたくなるのを抑えているだけだ。
   その我慢もそろそろ限界で、ようやく半分埋まって息をついている愛弟子に囁き、


   「いいこだね。ほんとは最後まで見たいんだけど…ごめん、我慢できない。」


   細い腰を抱き寄せた。


   「――――っ!!」


   一瞬のうちに奥まで入ってきた熱に、申公豹は大きな瞳から涙を零して息を呑んだ。












   「ゃあっ、あ…!ろぅ…ろぉ、し…っ…」


   下から幾度も突き上げられる。
   正常位より格段に深く繋がる体勢で、申公豹は何度精を吐いたか分からないでいた。
   黒い椅子にはそこかしらに白濁が飛んでいるのが見える。


   「ぁ…っあ…ッ」


   太上老君に腰を引かれる度に内部に熱が広がって力が入らなくなってくる。
   椅子の皮が摩擦で鳴く音が部屋に響く。
   二人では窮屈な椅子の上は、不自由なことこの上ない。
   …そのはずなのに、この不自由を愛しいと思ってしまった申公豹は、自分もついにヤキが回ったかと薄く笑んだ。


   もっと深く繋がればいい。
   長い年月の間に肌を重ねたのは果たして何回だろう。
   人を捨て、世を捨て、心を覗き込むことが億劫になった彼らは、それでも目の前の熱に恋をする。


   申公豹は最後の抵抗とでも言わんばかりに浅葱の髪をかき抱いた。
   自分の白金のとはまた違う柔らかさの髪が指に絡む。


   「っ…たた…申公豹、わざと、でしょ?」
   「っぁ、ァ…とー…ぜんっ…です…っ」


   切羽詰った喘ぎ声の中に、場違いな程楽しそうな声で申公豹は答えた。
   太上老君はそんな申公豹の様子に目を細めながら、わるいこだなぁ…と白い耳に囁いて細い腰をめいいっぱい抱き寄せた。
   最奥までいっぱいに広がった熱と、呼応するように締め付けた内部に、どちらも眩暈を覚え、果てた。















   シャワーも浴び終わり、気だるい体でラグの上に座りながら申公豹は憎々しげに黒い椅子を眺めていた。
   綺麗にしたとはいえ、そこで行われた事実が消えるわけではない。
   これから当分はあの椅子を見るたびに今日のことを思い出してしまいそうだと申公豹は思った。


   「なに見てるんだい?」


   たった今シャワーを終えた太上老君が、申公豹の隣に腰を下ろしながら聞いた。
   ずぼら故に拭ききれていない髪からはまだ水が滴っている。


   「…。…あの椅子、捨てる予定は無いんですか。」
   「えぇえっ…買ってきたところなのにー…まぁ目的は果たしたからいいけ――…あ。」


   しまった、と太上老君が手で口を覆った。
   が、紡がれた声は確実に申公豹の耳に届いている。


   「今…なんて言いました…?」
   「え、あ、あはは……」


   にっこりと、絶対零度の微笑みが太上老君に向けられる。
   笑って誤魔化そうとすると、申公豹の眦がギンとつり上がった。


   「っっあなたという人は!あ、あんなことをするためだけにあの椅子を買ったのですか!?」
   「寝心地がいいって言うのも本当なんだってばぁ…って、ひんほーひょぉぃひゃい!」


   言い訳すると、申公豹が太上老君の両頬をぎゅうぅとつねりだした。
   金の目の端に薄い涙の膜が張る。


   「少しは反省してくださいっ」


   むぅ、とむくれ顔の申公豹がこれ以上機嫌を悪くしないように、太上老君はつねられ続けるしかなかった。
   柔らかい両頬が、真っ赤になるまで。












   ―――――――――――――――――――――――――――
   椅子とかソファとか、単体でものすごく魅力を感じます。
   うっかり妄想が働いて、もっと魅力を感じます。
   …そんな延長からできた品。
   新年一発目からこんなんですいません…!
   だってあの申公豹ががんばってるとかかわいいじゃないか…!

   08/2/8

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