「申公豹。…あなたをください。」
「…後悔しますよ、…楊ゼン。」


そう言って、困ったように笑ったあなたの顔を、良く覚えている。




   雷鳴に刻む




あれは彼に思いを告げてから幾度目の逢瀬の日だったのだろうか。
何度キスをして、どれだけ抱き締めても、満たされないと思い始めた、そんな時期だったように思う。


ああ、そうだ。


あの日は雷雨だった。
強い雨が窓を叩き、普段はまだ明るい時刻なのに夜のように暗かった。
部屋の中で所在無くしていると、ふいにドアが叩かれて、扉を開けるとそこには申公豹がいたのだ。








「すいません。雨宿り…いいですか?」


霊獣はいなかった。
その理由は未だに分からない。
ただ、こんな雨の日に会えるなんて思っていなくて、突然の来訪に僕が大層舞い上がったのは確かだ。


「タオル、使ってください。それともお風呂…入りますか?」
「ありがとうございます。…お言葉に甘えさせてもらいます。」


黒い燕尾状のケープの下、雨で張りついた白い服から透ける色白の肌を、名残惜しくはなかった、と言えば嘘になる。
しかし彼はあまりにも濡れていて、風邪を召されたら大変だと思ったのだ。


ザァァァとシャワーの振る音がする。
雨音とシャワーの音が合わさって、独特の和音を奏でていた。
僕は彼があがって来たら飲むであろう温かいお茶をいれてから、その辺の椅子に腰をおろした。


「…楊ゼン。」
「?」


ガチャと風呂の扉の開く音がして、中から申公豹が話しかけてきた。


「あの…服を…貸してもらえませんか…?」
「あ。」


そうだった。
彼の服はとても着られるような状態ではなかったのだ。
お茶を入れるより服の用意が先だったなぁと苦笑しながら、適当に見繕った服をそっと彼に手渡した。
なんで堂々と渡さないんだと言われると、そんなの彼の裸体なんてたとえチラリズム程度であったとしても僕の目には毒過ぎるだろう。



「お風呂ありがとうございました。しかし…あなたの服、おっきいですね。」



ああ、間違った。
裸体じゃなくても、この方は僕にとって目の毒であった。


水分を含んだ白金の髪は微妙に肌に張り付いて色気を誘い。
桜色の頬が愛らしい。
僕の服は彼には大きすぎたようで、肩がずり落ちそうになっていた。
袖も随分余っている。
まぁ、一言で言うと、かわいい。


「え、ええ…でも、申公豹の服は乾いてませんから、我慢してくださいね。」


動揺してしどろもどろになっている僕を不思議そうに大きな目で見つめながら、申公豹は「はい」と返事をした。







「お茶、入れておいたので…どうぞ。」
「ありがとうございます。」


机で向かい合わせになっている以上、彼の姿を目に入れないわけにもいかない。
カップを持つその繊細な指も。
口付ける薄紅の唇も。
頬の四印も。
カップの揺れる水面に落とした群青の瞳も。
それを飾る銀の睫毛も。
そう、すべてが。


全てが狂おしく愛おしい。


「…どうかしましたか?じっと見て。」
「あ、いえ。愛らしいなと思っていただけで。」
「愛ら…!?っ…げほ、けほけほっ…」
「だ、大丈夫ですか?」
「…あ、…あなたよくそんな…恥ずかしい事が言えますね…。」


どうやら「愛らしい」という表現に抵抗があったらしく、申公豹は咽て涙目になりながらそういった。
心なしか彼の頬は赤い。


「別に恥ずかしくないですよ、思ったことを素直に言っているだけですから。」
「あのですねぇ…私は男ですよ?わかってます?」
「もちろん。」


にっこりと、極上の笑みで僕は返事をした。


もう、性別云々の話ではないのだ。
僕は彼が彼だから好きなのであって、それは代えようの無い事なのだ。


…だから。
だからもうこの感情も、しょうがないものなのではないだろうか。
あなたのすべてを手に入れたいという、この欲求も。


「申公豹、聞いてもらえますか?」
「?…ええ、どうぞ。」


息を吸い込む。
叩きつける雨音にかき消されないように、良く通る声で伝えるために。





「あなたが欲しいです。」





群青の大きな瞳が、見張られて、僕を真っ直ぐに見つめた。
僕は目を逸らさずに、それを受けた。
時間が止まったような沈黙が降りる部屋とは対照的に、雨音はだんだんと早くなってきていた。


「え…あ、…どういう…」
「あなたを抱きたい、です。」
「っ…」


かっ、と頬を染め上げて、申公豹は僕から視線を外した。
カップを掴む手に、ぎゅうと力が込められていた。


「わ、私なんか抱いたって、面白くなんかないですよ…。」
「おもいしろいとかおもしろくないとかいう問題じゃありません。」
「女性みたいに、かわいい声なんか出な…」
「――あなたじゃなきゃだめなんです!」


がたん、と椅子が倒れそうな勢いで立ち上がった僕に、申公豹はびっくりして肩を揺らした。


あなたじゃなきゃ、だめなんです。意味がないんです。
この愚かな欲は、満たされないんです。


「申公豹。」
「ばかな人ですね…」
「申公豹、あなたをください。」
「…後悔、しますよ…楊ゼン…。」



遠くで、雷鳴が轟いた。


ああ、これは始まりを告げる音。










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だはぁっ(ため息)
長いのでわけます。なんかしらんがやたら長くなってしまった。
行為に持ち込むための承諾を老申のときも書いてるんですが、
恥ずかしくってしょうがない…っ!でも、でもぜったい初めが強姦まがいだったら、
申公豹もう会ってくれなくなると思うんですよ、ね…(笑)
だから恥ずかしくてもしょうがない。
楊ゼンはあれですね、こっぱずかしい台詞を言っても「まぁ楊ゼンだし…」
で済ませられるあたり良い。さすが王子。



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