*バレンタイン小説「不器用なハート」を読んでからどうぞ



   素直なハート



  「はい。」


  太上老君が申公豹に向かって箱を一つ差し出して言った。


  「…なんです、これ。」
  「お返し。」
  「お返し?」
  「今日はホワイトデーでしょう?」
  「あ。」


  申公豹はそこまで言われて今日が3月14日だという事にようやく気付いた。
  2月14日のバレンタインデー、申公豹は太上老君にチョコレートをあげたのだった。
  しかも、手作り。


  「…開けても?」
  「うん。」


  にっこり微笑んで、太上老君が開けるように促した。
  申公豹が包みを開ける。


  「あ、これ…。」
  「美味しそう、っていってたでしょ?」 


  箱の中身は、以前申公豹が雑誌(老子が人間界から持ってきた。ちなみに無料。)で見て
  確かに「美味しそう」と言ったシュークリームだった。
  数量限定、入手困難、絶品のシュークリーム。


  「よく買えましたね…一日数個でしょう?これ。」
  「うん。ギリギリだったよー、あと一個だったもん。」


  ふふ、とその状況を思い出したのか太上老君が笑ったのを申公豹は見た。
  同時に「おかげで一個しか買えなかったけど…」と苦笑したのも。


  「いいです、別に一個でも。」
  「え?」
  「貴方がおそらくは苦労して買ってきてくれたものです。別に…数なんか…気にしません。」


  言ってて恥ずかしくなったのか、照れ隠しのように申公豹は立ったままシュークリームを一口ほおばった。
  頬が微かに染まる。
  太上老君は一瞬きょとんとして、それから愛おしそうに弟子を見ていた。


  「…さすがに入手困難なだけありますね、美味しいです。ものすごく。」
  「ほんと?良かった。」


  申公豹が最後の一口をほおりこんだ。
  口の端についたクリームを指ですくって、舐める。


  「でも、そんなこと言われたら私も食べたくなっちゃった。」
  「もうないですよ。」
  「後味でも、いいんだけど。」
  「は?」


  気付いたときにはもう遅い。
  腰と後頭部を引き寄せられて唇が重なった。
  ありもしない口内のクリームを探すように舌が絡まってくる。


  「んんっ…」


  申公豹が苦しい、と浅葱の髪を引くと太上老君が白金の髪をなだめるように撫でた。
  何度も何度も角度を変えて、深い深いキスが降る。
  群青の瞳に涙がたまり始めると、ようやく唇が解放された。


  「おいしい。」
  「…キス、したかっただけでしょうが。」
  「あ、バレた?」
  「バレバレです。」


  ため息ついて呆れ顔で、申公豹は師の肩に顔をうずめた。
  太上老君の手は申公豹の腰に回ったままで、ゆるゆるとその背を撫でたかと思うと、
  気まぐれにぐっと持ち上げて歩き出した。 


  「ちょっと…!何してるんですかっ」
  「だってかわいいんだもん。」
  「理由になってません!」
  「だってしたいんだもん。」
  「なっ…!」


  ぼふ、とベッドに沈み込む。
  理由になってるでしょ?と太上老君が笑う。
  申公豹は呆れて言葉もない。
  もうこうなったら何を言おうとも、しようとも無駄だと言うことは嫌ほど学んだので抵抗もあきらめた。
  無抵抗の申公豹の上着をはだけさせながら、太上老君が話しかける。


  「あれね、ほんとに嬉しかった。」
  「あれ?」
  「手作りチョコ。」
  「…私がどれだけ苦労したか知らないくせに。」


  2月14日、太上老君は随分前から眠っていて、起きたのはその日が終わる15分前だった。


  「ああ、あれ…12日ぐらいから起きてたんだよね、実は。」
  「はっ…?」


  申公豹の眉間にしわが寄る。


  「お、起きてるならなんで言わなかったんですかッ!!」


  雷公鞭の雷は落ちなかったが、確かに怒りの雷は太上老君を直撃した。
  いや、どちらかというと申公豹は太上老君が狸寝入りしていたことを怒っているというより
  行動を全て知られてしまっていることが恥ずかしいのだ。


  「だってそうやって怒るじゃない。」
  「当たり前ですっ、だって、起きてたって…それじゃ…っ…」


  わたわたと焦って、申公豹の顔がどんどん赤に染まる。
  それを楽しそうに見つめながら、太上老君が言う。


  「かわいかったなぁ、申公豹。ずっと私が起きるの待ってるんだもの、ベッドの傍で。」
  「う…っ…」
  「それまでなんでもない風だったのに、夜の11時回ってから5分おきくらいに私の名前呼び出しちゃって…」
  「も、もう言わなくていいですっ…」
  「最後の方なんか、ほとんど泣きそうな声で呼ぶんだもの。」
  「老子っ!」


  もうこれ以上喋られたくなくて、大声で師の名前を呼ぶ。
  目の前には、意外にも真剣な金の瞳があって驚いた。




  「ありがとう。」




  そう言って、太上老君は普段と少し違う温度で、不器用そうに笑顔を見せた。


  作ってくれてありがとう。待っていてくれてありがとう。
  いろんな意味をこめて。


  「…どう…いたしまして…。」


  師の珍しい様子に、少々あっけに取られていた申公豹が返事をする。
  いつもこっちが気恥ずかしいくらい真っ直ぐに、見透かすように向けられる金の瞳が
  今は照れたように逸らされていて、申公豹は声を出さないように小さく笑った。
  ほんとに嬉しかったんだと、分かったから。


  「…ですが、寝たふりをして相手の行動をうかがうのは悪趣味です。」
  「ごめんごめん…。」


  謝りながら薄紅の胸に唇を寄せる。
  掠める吐息に、申公豹が肌をふるわせた、その時。




  「…ちょっと。ラブラブなのは分かるけど、せめて夜にしてほしいんだけどー…?」




  やや呆れ口調でベッドの上の二人を見ながらそう言ったのは、ついさっき散歩から帰ってきた黒点虎だった。
  実際、なんだかんだ言いつつ砂糖菓子のように甘ったるいこの家の、一番の苦労人(?)は黒点虎であろう。
  いつも気を使っているこっちの身にもなってくれ、とその双眸が訴えていた。


  「「ご、ごめんなさい…。」」


  じと目の黒点虎に師弟は口を揃えて呟いた。
  「まったくもー。」とぶつぶつ言いながら黒点虎が部屋から出て行く。


  「ほら、早くどいてください、老子。」
  「これからだったのに…。」
  「文句言わない。」


  渋々太上老君はベッドから降りる。
  申公豹を見ると、さっさと上着の乱れを直しているところだった。


  「申公豹。」

 
  思いついたように名前を呼んで、腕を掴んで、耳元に囁く。




  「覚悟しといてね、夜。」




  普段より低いトーンで囁かれたそれに、申公豹がかっと頬を染めて耳を塞ぐ。


  「な、なっ…」


  ふらりと部屋から出て行く師は随分と楽しそうで、今晩のことを考えると青ざめずにはいられない申公豹なのだった。










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  ホワイトデー小説です。
  老申…いや、申受けを書くときにいっつもどうしようかな、と悩むのが
  黒点虎の有無なのですが…今回は老子のストッパー役になってもらいました。
  いっつも隅に追いやってしまってごめんなさい…黒点虎。

  07/3/12


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