*前半は楊→申です。


  町の煌びやかな装飾も、煩いぐらいのクリスマスソングも、去年までは遠くに感じるものだった。
  だけど今年は違うらしい。
  



   聖夜を駆ける 前編





  「24日まで授業があるとは…なんの嫌味なのだこの大学はぁ!」
  「まぁまぁ、太公望落ち着いて…。でも確かに必修じゃなければ絶対自主休講してますね、今日。」
  「だろう?22日で終わっておけばすんなり休みに入ったものを!なにゆえ24日まで伸ばすのだー!!」


  キャンパス内を愚痴りながら二人の青年が歩いている。
  太公望と楊ゼン。二人とも同じ学科を専攻しているので、たった今授業が終わって、これから帰ろうというところである。
  さて、今日は12月24日。言わずと知れたクリスマスイヴ。
  あちらこちらでクリスマスソングが鳴り響き、繁華街に出れば恋人が溢れている、そんな日だ。


  「しかもわしは、これから遊ぶ予定すらないからのぅ…楊ゼン、おぬしは?」
  「あはは…僕もですよ。お互い寂しいですね。」
  「おぬしは作らんだけだろうが。女子なら掃いて捨てるほど寄ってくるくせに。」
  「そんなこと…まぁそうですけど。」
  「……そこで遠慮せん辺りがあぬしらしいのぅ。」
  「どういう意味ですそれ…それより、暇ならどっか遊びに行きません?さびしい者同士。」
  「ぬぅーさびしい者同士というのは気に食わぬが、このまま帰って何もせぬよりかはマシだ!行くぞ!」
  「はい、じゃあ何処に…――――あ。」
  「ん?」
  「ちょっ…すいません、やっぱキャンセルで!!」
  「は!?」
  「また次埋め合わせしますから!」
  「ちょ、おい楊ゼン!」


  蒼い髪を靡かせて、颯爽と走り抜けた楊ゼンを太公望は呆然と見送った。
  彼は何を見つけたのかと、楊ゼンの走っていった方向を見てみると。


  「あー…なるほどのぅ。」


  楊ゼンのたどり着いたその先には、白金の青年が立っていた。
  後ろから後輩に声をかけられて、ゆっくり振り向いたその瞳は、この冬の空のように澄んだ群青。
  珍しい髪色と容姿、ついでにこの大学のマドンナ的存在、妲己とも仲がいいことから、
  本人は全くその気がないのに学内で大変目立ってしまっている、申公豹、その人である。


  「あやつ…結構、しぶとくアタックしておるのぅ…、確かこの前の段階では知り合いですらなかったはずだが…。」


  いつのまに赤の他人から遊びに誘える程度まで昇格したのやら、楊ゼンの行動力には太公望も舌を巻いた。
  大学に入学して間もない頃、楊ゼンは偶然見た申公豹に一目惚れをした。
  しかも、女だと思っていたのである。
  その点に関しては申公豹が男の割には背が低く、華奢で、顔立ちも中性的なので仕方ないということもあるのだが、
  男だと発覚した時点で楊ゼンは興味をなくしているものだと太公望は思っていたので、楊ゼンの今の行動には少し驚いていた。
  クリスマス等興味のなさそうな申公豹に、楊ゼンが気を引こうと、必死に話しかけている。
  あの容姿端麗・頭脳明晰・文武両道な友人が、あそこまで頑張っているのはそうそう見れるものではない。
  太公望はなんだか可笑しくなって、どうせ自分など見えていないのであろうが、楊ゼンに見えないように笑いまくった。


  「こっちの予定をキャンセルした御返しには何をもらおうかのぅー?最高級桃詰め合わせ!いや、桃菓子という手も――……」


  太公望は予定の埋め合わせ物品に思いを巡らせつつ、友人の健闘を祈り、ゆっくりと帰途に就いた。












  「申公豹先輩!」


  今まさに帰ろうとしている申公豹を、楊ゼンは後ろから呼びとめた。
  白金の髪を揺らして、申公豹がこちらを向く。


  「楊ゼン…?」


  マフラーに埋もれて、くぐもった声で申公豹は応えた。
  彼の声で自分の名前を呼ばれるだけで、楊ゼンはどこか幸せな気分になった。話せるだけで幸せなのだ。
  しかし、今日はせっかくのクリスマスイヴ。ここで誘いをかけなければ男が廃る。


  「何か…?」
  「え、あー…あのっ」


  いつもはうまく回る口も、申公豹の前ではぎこちなくなってしまう。
  いつもは早く回る頭も、どうも鈍い。
  とにかく何か切り出さなくては、と焦った所に、横を通った女子の会話が耳に入り、楊ゼンは内容をそのまま口に出してしまった。


  「く、クリスマスケーキ…買いに行きませんか!?」
  「はい……?」


  …しまった。
  きょとん、と首を傾げた申公豹を前に、楊ゼンは自分の発言を激しく後悔した。
  

  なんだケーキって…!
  先輩が甘いもの苦手だったらそれで終わってしまうじゃないか!しかも男二人でケーキ屋って…
  あーもー普通に遊びに行きましょうで良かったじゃないかぁー…
  いや、待てよ。
  もし仮にケーキを買いに行くことになったら…一緒に食べましょうってノリになったりしないでもない、の、か?
  ということは家に行けたり呼んだりが可能…?
  …。……。
  ――イケる!


  何がイケるのかはさておいて、楊ゼンは不安と期待のこもった眼で申公豹を見つめた。


  「ケーキ、ですか?」
  「はい!」


  申公豹は何か考え込んでいるようだった。口元に手を当て、視線が横にそれる。
  返事が返ってくるまでの時間が、楊ゼンにはとんでもなく長く感じた。
  ほどなくして、申公豹の目線が、楊ゼンを射抜く。


  「いいでしょう、どこの店に行きましょうか。」


  ふ、と微笑みながらそう言われて、楊ゼンは「やった!」と拳を握った。
  しかも反応が薄いかと思っていた申公豹は、あの店かこの店か、となかなかノリノリである。
  そんな申公豹の様子に楊ゼンはますます嬉しくなって、二人は並んで大学を出た。












  「もしかして…甘いものお好きなんですか?」
  「はい。あまり量は食べれませんがね。」


  量は少しだけですが、頻繁に買って食べるんですよ、と申公豹が言った。
  二人は大学から少し離れた繁華街に来ていた。もう少し歩けば、某有名デパートがある。
  デパ地下ならたくさん種類が置いてあるし、色々なケーキが見られていいのではないか、ということになったのだ。
  

  「しかし貴方も変わっていますね、イヴですよ今日?何も私を誘わなくても、可愛い女の子が沢山いるでしょうに。」


  クスクスと、可笑しそうに笑って申公豹が楊ゼンを見る。
  大きな目で見られて、楊ゼンは心臓が大きく鳴るのを聞いた。


  「…それは…、」


  他の子なんかより、僕は貴方と来た方が100倍嬉しいし、楽しいんだ、と言ってしまえたらどんなに良いだろう。
  そう思って、はぁ、とため息をつくと、申公豹は何か勘違いしたのか、
  あ、すいません…と謝ってきた。
  恐らく楊ゼンが思い人に振られたか何かで、自分に声がかかったのだと思ったのだろう。


  そうじゃない。
  貴方だから声をかけた。必死で誘った。一緒に歩きたかった。
  いろんな思いが溢れそうになってしまって、それを閉じ込めるように楊ゼンは唇を引き結んだ。
  まだ、この思いを伝えるには早すぎる。
  勝ち戦しかしない、なんてことないが、楊ゼンは少しでも勝てる確率を高くしたかった。
  それぐらい好きだった。

  
  「楊ゼン…?大丈夫ですか…?」


  急に黙り込んでしまった楊ゼンを心配して、申公豹が問いかけた。
  それに気づいた楊ゼンは、何でもないです、と笑顔で答えた。
  今日はせっかく申公豹と買い物に来れたのだ。少しでも多く、楽しまなければ。


  「さぁ、早く行きましょう!」
  「はい、っ…わっ…――――!?」


  もうデパートの前に着いている、早く入ってしまおう。そう、意気揚々と足を踏み出したその時、ふいに申公豹の身体が傾いだ。
  隣を歩く人の大柄な身体が、申公豹にぶつかったのだ。


  「大丈夫ですか?」


  とっさに腕をのばして、楊ゼンは申公豹の体を支えた。
  かなり豪快に転びそうになっていたのを支えたので、思ったよりも身体が密着している。


  「すいません…、」


  う、わ…近い…!


  楊ゼンを見上げた申公豹の顔は、屈んだ楊ゼンのすぐ近くにあった。
  人形のように端正な顔に息をのむ。
  透けるような白い肌。自分とはまた違った青い光をもった大きな目。それを縁取る銀の睫毛。
  何もかもが楊ゼンの思考を絡めとった。
  時間が止まる。


  「ありがとうございます…。」


  すっ、と離れた身体に、楊ゼンは思考を取り戻した。まだ心臓が煩いままだ。
  止まった時間は動き出して、申公豹は身体を起こし、ふと前方を見て


  目を見開いた。





  「老子………」






   楊ゼンが同じように前を見ると、交差点の向こう、そこには鮮やかな浅葱色の髪の男が立っていた。













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  次から老申パートです。  

  08/12/23


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